求められて、満たされた

「あ、いえ。専門学生です。」

「何の?」

テンポよく進んでいた会話に少しだけ間ができる。

私は慌てて返答する。

「あ、すみません。音楽です。音楽の専門学校通ってます。」

嘘をつこうかと本当は思った。

でも、流石にバイト先になるであろう店に嘘の情報を言うのは良くないし、多分そのうちバレるだろうと思い正直に答えた。

本当は答えたくなかった。

毎回音楽の学校に通っていると言うと決まって同じような質問が返ってくる。

「音楽ってことは将来そういう道を目指してるってこと?」

ほら、やっぱり。

決まってすぐに将来のことを持ち出される。

それが不快でたまらない。

数ヶ月前の私だったらきっと胸を張ってその質問にyesと答えていたかもしれないけれど、今の私はその質問にyesでは答えれない。

「まだ、全然決まってないです。やっと学校に慣れたところで。」

得意の愛想笑いで誤魔化す。

笑顔というのは人を欺く最大の仮面だと思う。

人を不快にさせないことはもちろん、むしろ印象は良くなる方だ。

「そっか。まだ1年生か。10月だもんな。そろそろ慣れてくる頃だね、確かに。」

「はい。なんとか。」

他人から見たら私は明るい方の人間だと思う。

そういう風に自分を作っているから。

「それで、シフトとか希望はある?週にどれくらい入れるとか、何時から何時までとか。うちの店は17時から24時までだからその間で希望があれば言ってくれると助かるんだけど。あ、あと水曜日は定休日だから自動的にお休みね。」
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