鬼の棲む街



「そろそろ行こうよ、このむ・・・」


突然、男の口が止まった


そう思った瞬間
腕が解放されて・・・男が消えた


「・・・ゔぅ」


聞こえるのは呻き声

そして・・・フワリと香るフローラル


「・・・っ」


僅かに見えたシルエットに息を飲んだ



三度目の感覚にもう頭の中に浮かぶのは一人しかいない


・・・また助けられた?


「・・・お、にっ、がなんで、ゔぅ」


・・・おに?


暗号のようなそれに気を取られる間もなく


すぐ目の前に立ったその人を反射的に見上げていた


「・・・っ」


・・・綺麗


凍るような空気の中で思い浮かんだのがそれだった


瞳も髪も服も・・・全てを飲み込んでしまいそうな黒を纏っているのに恐怖より綺麗だと感じる自分もおかしい

けれど・・・

今まで見てきた誰よりも綺麗なその姿に

無性に触れてみたくて

抑えられない衝動から
その頬に手を伸ばしていた


「・・・」


指先でそっと触れた頬は冷たくて
何故だか“やっぱり”と思った


スーッと細められる彼の瞳


こちらを射抜くその双眸に時間を忘れて魅入る


・・・綺麗


彼を表す唯一のそれが口から出た気がして


「・・・っ」


急に我に返り慌てて手を引っ込めた


依然視線は絡みとられたまま

身じろぎひとつ出来ない空気の中で


彼が僅かに動いた


「・・・」


少し屈んで顔を覗きこむ


どこまでも深いその黒に


その距離に・・・息を飲んだ


強く香るフローラル


驚きに開く瞳は瞬きすら忘れたようで間近に見える彼の瞳を見つめている


動けない私の頭の上に



大きな彼の手が乗った
















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