鬼の棲む街
「これなに?」
紙ではなくプラスチック製で真っ黒で中央に“D”と凹みがある
「これ、此処の会員証」
会員制でもないのに会員証が必要なのだろうか
「中二階のVIPルームが無条件で使える会員証ね」
疑問は簡単に解消した
「凄い!小雪。会員証」
名刺だと思った会員証を紗香は興奮して眺めている
でも・・・これを使うことがあるだろうか?
実家のある街でもクラブに通っていたけれど、誘われてVIPルームに入ることはあっても自分から入りたいとは思わなかった
だって・・・
あんな閉鎖空間・・・息が詰まる
「これの使い方だけど」
「悪いけど、要らない」
説明を遮って簡単に断ると二人は同じような鳩豆顔を見せた
「へ?」
「・・・小雪、なんで」
そんなに驚くことだろうか
「全く興味ないわ」
そう言ってグラスに口をつければ
「初めて見たよ、断る子」
背後から声がかかった
その声に反射的に身体を捻るとスパイシーな香りに包まれた
「・・・っ」
振り返らなければ良かった
間近で見上げた先の氷のような視線に囚われて後悔する
・・・なに、今日は厄日?
そう思えるその人は
笑顔で私を見下ろしているのに余りに冷たい雰囲気に動けなくなった
「巧さん。小雪ちゃん任せて良いですか?」
バーテンダーの緩い声に
「あぁ、君が小雪ちゃんね。少し話したいから一緒に飲もう?」
巧さんとやらはまるで私を知っていたかのように微笑むとサッと肩を抱いて歩きだした
スパイシーな香りが強く纏わりつく
「あ、の、やだっ」
その腕から逃れようとしたのに足は止まってくれなくて
「大丈夫、守るから」
なんの根拠があるのか疑わしい言葉も
階段を数段上がったところで視線を向けたホールの蠢く女の子達の鋭い視線に逃げ出すことを諦めて縋りたくなった