十六夜月と美しい青色
 結花は、慣れないアルコールのせいか、少し潤んだ眼差しで和人に声をかけた。程よく酔いも回り始めてるのだろう。

 「このカクテル、確かに甘くて飲みやすかったわ。もう一杯だけ欲しいのだけど、お願いしても構わないかしら。」

 結花の右手は、執拗に左手のリングを触っていた。
 
 和人は、その仕草を見逃さなかった。自分の表情が少し固くなるのが分かったが、何も知らない顔で結花に微笑みかけた。

 「結花さん、おまかせでいいですか?…先程のカクテルで、少しは気持ちは落ち着きましたか?」
 
 和人の気遣いに、結花も微笑み返す。
 
 「そうね…。あまり、強くないものをお願いしてもいいかしら。」 
 
 結花は、左手のリングを改めて見つめた。幸せな想い出しか出てこない…。嫌なことばかり思い出せば、少しは気持ちもラクになるのだろうか。

 「このリング、結納のときに凌駕から貰ったものなの。凌駕がね、婚約指輪は流石に普段使いには向かないからって、このペアリングを結納のあとプレゼントしてくれたの。彼は、仕事柄、指にはめていられないからって、チェーンを付けてペンダントにしてくれてて…」
 
 慣れないアルコールのせいか、時折むせび泣く声が混ざりながら語り始めた。
  
 出会ったときのこと、子ども頃から家族ぐるみのお付き合いがあった事、免許を取って初めて二人で行ったドライブ。凌駕のアパートで過ごした時間。

 和人には、静かに聴くことしか出来なかった。

 ひとしきり話し終わると、躊躇いながらも触れていたリングを外すと、暫く見つめそのまま鞄の中へ静かに落とした。
 
 「今度は、アプリコットフィズ。新しい恋が始められます様に。僕からのおまじないかな(笑)」

 目の前に差し出された、琥珀色の甘いカクテルを、少しずつ口にしながら、グラスに浮かぶレモンを眺めていた。

 どこで、凌駕との歯車が狂い始めたのだろう。何が悪かったのか…。どうして…。何度も、自分を責め立てる時間だけが、静かに流れていった。
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