運命なんて信じない
以前、おばさまに言われた。

平石の家は世間から見ればお金持ちで恵まれている。
仕事だって、企業の経営者の椅子が約束されている。
でも、それはそれだけの責任を背負うということ。
1つ間違えば、平石商事で働く何千人もの従業員とその家族が路頭に迷うことになる。

もし事件や事故があれば、まずはお客様を助け、次に従業員を助け、最後が経営陣。
自分たちは最後でなくてはならないと。
きっと今がその時なのだろう。

幸い、報道も幾分落ち着いてきている。
その後の追加投稿もないし、保健所の調査でも異物は発見されていない。

「後数日すれば保健所の最終検査結果が出る。そうなれば騒ぎも収まるはずだから」

私の肩から頭を起こした賢介さんが自分に言い聞かせるように囁いた。

「きっと、大丈夫です」

「うん」

ギュッと私を抱きしめてから、賢介さんは立ち上がった。

「琴子、ありがとう。お陰で元気になった」
表情はすっかりいつもの賢介さん。

「明日も来てくれる?」
「え?」

「琴子に会うと元気になれる。明日も充電しに来て」
「分かりました」

「史也には言っておくから、直接おいで」

「はい。何か欲しいものありますか?」

ククク。

ん?

「琴子」

はああ?
思わず顔が赤くなった。

「それだけ冗談が言えれば元気ですね。また明日来ます」

私は逃げるように賢介さんの部屋を出た。
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