運命なんて信じない
「いらっしゃいませ」
「平石です」
「ご案内いたします」

約束の時間ピッタリ。
案内された席には、すでに陸仁さんが待っていた。


「お待たせしました」
出来るだけ平気な顔をして、私は席に着く。

「逃げずに来たね」
おかしそうに笑う陸仁さん。

「私がお願いしたんです。逃げたりはしません」

いつもより少し大人っぽい格好をした私。
もう、覚悟は出来ている。


食事はフレンチのコース。
ゆっくり時間をかけて、楽しんだ。
大学時代の話や、やりたかったコンピュータープログラミングの仕事について、他愛もない話をしながら笑い合った。


「じゃあ、これが依頼されていたものだよ」

食事もほとんど終わりかけた頃、陸仁さんが差し出した。
それは、茶色い封筒。
A4サイズの中には、異物混入の投稿をした2人の氏名、住所、職業や大学名。口座の出入金記録の写し。その中に谷口美優の名前があった。

「やっぱり、美優さんがお金を入金していたんですね」
「そうみたいだね。これがあれば2人を訴えることが出来るよ」

本当だ。これは確実な証拠になる。
それから・・・美優さんの診断書。それに、写真?

「これは?」
よく分からなくて、陸仁さんを見上げた。

「この写真は、DV用のメイクをする前。全治3週間診断書はクリニックの医者が書いたものだけど、谷口美優に依頼されて書いたと告白した録音も入れておいた」

ああ、確かに。
封筒の中に小さなボイスコーダーが入っている。

「ありがとうございます」
封筒をギュッと握りしめて、私はお礼を言った。

「それにしても、何でそこまでするの?賢介とはただの同居人でしょ?」

コーヒーを口に運びながら、陸仁さんが見つめる。

「そうですね。何ででしょう?」

自分でも分からない。

「賢介のことが好きなんじゃないの?」

少しだけ、陸仁さんの顔が近づいてきた。

「もしそうなら、どうしますか?」
思わず言ってしまった。

もう、逃げられないと分かっているのに。

「じゃあ、行こうか?」

陸仁さんは私の質問には答えずに、席を立った。
無言のまま、私も続く。
< 144 / 190 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop