運命なんて信じない
入社から約3ヶ月が過ぎ、仕事にもだいぶ慣れた。
初めは人前に立つこと自体が不安だったけれど、今ではニッコリ笑って対応もできるようになった。
さすがに平石家での生活にはまだ不慣れだけれど、少しずつ馴染んでいくしかないのだろうなと今は思っている。

「あの、すみません」
目の前に立った女性に声をかけられ、私は立ち上がった。

「いらっしゃいませ。いかがなさいました?」
マニュアル通りの対応で、相手の用件を尋ねる。

「平石専務と約束をしているんですが」

平石・・・専務。
思わず黙ってしまった。

動揺し過ぎなのは自分でもわかっている。
平常心でいなければと思うけれど・・・私はそんなに器用な人間じゃない。

「失礼ですが」
固まってしまった私に代わり、彩佳さんが横からフォローしてくれた。

「私、谷口と申します。10時に伺う約束なんですが」
女性は微笑みながら、チラリと私の方を見る。

ん?
どこかで、見覚えがある顔。

「少々お待ちください」
そう言うと、彩佳さんがカウンターの隅まで行き秘書室に電話をかけはじめた。

それにしても綺麗な人だな。
失礼とは思いながら、私は女性を見つめていた。すると、

「あなた、藤沢琴子さんでしょ?」
突然、女性いや谷口さんが私の名前を尋ねた。

「はい」

名札を見られたかな、それとも私の態度がおかしかったのだろうか。

「賢介さんから、伺っています」
「えっ」

その言葉を聞いて、私の思考はフリーズした。

「近いうちにぜひ、お食事でもしましょう」
「・・・」
返事もできないまま、私は馬鹿みたいに立っていた。

賢介さんがむやみやたらと私のことを話すはずがない。
と言うことは、谷口さんと賢介さんは親しい間柄だってことだろう。
友人かもしれないし、もしかしたら恋人かもしれない。
もしそうなら、突然居候として転がり込んできた私に良い感情を抱くわけがない。
マズイぞ、凄くマズイ。

「谷口様、お待たせしました。ご案内いたします」

電話を終えた彩佳さんが、カウンターを出て専務室へと案内する。
私は会釈をして、重役フロアへと向かう二人の後ろ姿を見送った。
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