運命なんて信じない
「ぅーん」

俺に強く抱きしめられ、琴子がもがいている。
それでも、俺は力を緩める気はない。
今手を離せば、琴子はどこかに行ってしまうようで怖かった。

歯を食いしばって、必死に我慢する琴子。
うっすらと涙がにじんだ顔を見て、俺は少しだけ力を抜いた。

「琴子、いい加減に降参しろ」
少し体を起こし、琴子を見下ろす。

誰よりも罪の意識を感じているくせに強い言葉を口にする琴子は、きっと引くに引けなくて強がっているだけだとわかってはいる。
育ってきた環境の中ではそういう方法しかなかったのだろと、理解もできる。
だからこそ悪いことは悪いことと認めさせた上で、これからは俺が守ってやると言いたかった。

それまで我慢していた琴子の目から、涙がこぼれた。
流れたその涙を、俺は指でなぞる。

「ごめんなさい」
小さな小さな、声だった。

「2度と自分を粗末にする様なことはするな。いいな」

コクンと、琴子は素直に頷いた。

俺は腕の力を緩め、そっと優しく抱きしめた。
そして、ゆっくりと唇を重ねた。

琴子の唇から伝わる息遣いを、俺は感じ取る。
この暖かさも、感覚も、決して誰にも渡さない。
それは、ずっと以前から心に決めていたことだ。
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