恋人ごっこ幸福論
「緋那?」
橘先輩の問いかけに、ただ苦しくて、辛くて、怖くて、つい。
「ぎゅっとして」
その不安を拭いたくて、橘先輩に訴える。
しまった、なんてことを、と思った時には既に橘先輩に抱きしめられていた。
「これで少しは安心した?」
優しく声をかけてくれる彼の顔は見えないけれど、腕の温もりと彼の胸の中は、自分を安心させようと、大丈夫だと守られているような気がした。
中学時代あった思い出したくもない出来事が走馬灯のように頭を駆け巡って、辛くて 。
橘先輩の安心感が我慢を解いてくれていたのか、気がつけば涙が頬を伝っていて止まらなかった。
何年ぶりだろう、覚えてもいないくらい前に泣いたことに気づいて驚きつつも、ひとしきり子供のように泣いてしまう。
「もし聞いて欲しいならいつでも話は聞く。けど無理に話さなくてもいいよ。初めて会った時理由聞いたら迷惑そうだったしな」
「うん、」
「だけど、助けてほしい時は助けてやるから。言いたくなったら言ってよ」
「でも…」
「言っとくけど恋人だからとかじゃなくて、これはただなんつーか……放っておけないって俺が勝手に思うからしてるだけで、だから遠慮しなくていいから」
「…はい」
優しく抱きしめてくれる彼に身を委ねる。むしろなんでそこまで心配してくれるのか分からなくて、嬉しくて今度は泣いてしまいそうになる。
木々を揺らす風に心地よさを感じながら、ただ、しばらく抱きしめられていた。