恋人ごっこ幸福論
「いっそのこと分かりやすく差し入れでも持ってきてみる…?」
「ひぃちゃんどしたの、急に」
いや、それこそ「いらねえわ」とか言われそうだし違う気がする。
…じゃあどうしたらいいんだろう。ひとり言を呟きながら溜息を吐くと、また出入口周辺に彼が近づいて来ているのが目につく。
黄色い声を上げ続ける体育館の女子生徒達に、いつもの如く冷たい言葉を浴びせているようだ。
私はもう少ししたら帰らないといけないけれど、残念ながらこっちを見てくれる気配はない。
練習中だし、私はいつも通り体育館の外に居るし、私がここに居る人達と何も変わらない存在ならこうなるのが普通だと思う。
あの朝の時間だけでそれ以上になれていると、認識されている存在だと思っていたことの方が自惚れだったのかもしれない。
それなら。
「橘先輩!」
集団の少し後ろから、声をあげると思ったよりも大きな声が出てしまって、周囲の人の吃驚した視線が一斉にこちらへ集まる。つい怯んでしまいそうになったけれど、ここで怯んでいては駄目だ。
「練習頑張ってください…!また明日!」
それだったら、もっとこちらを意識せずに居られないように行動するしかない。近くに行けなくても諦めずに声をかけていけばいい。
そしてまた、朝練とか偶然会ったときとか、話を聞いてくれそうなタイミングで彼の傍に行くのを続けるしかないんだ。