恋人ごっこ幸福論
いきなり外から声を掛ける私に集まる視線は不審なものに変わるけれど、今は気にしない。
私に橘先輩を諦めるつもりがない限りはこれは辞められないんだもん、どうしようもない。どうせ無視されてしまうだろうけど、彼に向かって頭を下げて体育館を後にしようと背を向けたとき。
「言われなくても頑張るにきまってんだろ」
「…え」
私だけではなく、周囲に居た女子生徒達も今度は橘先輩に視線を向ける。ここに居る誰もがまさか、彼がここで返事をするなんて思ってなかったのだろう。
「じゃあ」
軽く右手を上げて、私がこの場を去るよりも先にバスケコートへ戻っていく。
放課後の、わざわざ私を構う必要のないこの時間に私に返事してくれることがあるなんて。
「へー、ストーカーちゃんなら返事してくれるんだねえ」
ふと一瞬の出来事に呆然としてしまっていると傍の女子生徒の集団からそう言う声がした。
「…は?今の誰よ」
「英美里ちゃん気にしなくていいから。それより電車の時間が間に合わないかも」
「…わかった」
仕方なさそうに頷く英美里ちゃんと、黙って女子生徒の集団を睨み付けている紗英ちゃんを引っ張って今度こそ体育館から出ていく。
…今の、私のことだよね。さっきのなんだったんだろう、今まで見に来ていても何か言われることはなかったのに。
「(まあ、とりあえず無視でいいかな)」