死にたがりな君と、恋をはじめる
「え? 今なんて?」
私が笑顔を浮かべ耳に手を当てると、田中はギリッと奥歯を食いしばる音が聞こえた。
「うっざ……何様のつもり」
そんな低い呟きに、私はおっと内心声を上げた。
いいぞ……。いい感じに煽ることができている。
そのまま怒りに任せて、いつものように私につかみかかってくるといい。
そうすれば、うまく隠れている田中の本性も家族にさらされるはず。
あんたの母親にも、……あんたの弟にも。
だけど田中は私の意に反し細く息を吐いて、唇の端を持ち上げた。
それからニコリと笑顔を浮かべて、私の手を両手で優しく包み込んだ。
「佐川ちゃんっ、友馬を助けてくれて本当にありがとう。流石優しい佐川ちゃん!」
日光のように柔らかで温かい笑顔に、ふぅんと息を漏らした。
田中って、演技派だな。
私は負けじと笑顔を浮かべて、握り返した。
「あはは。そんなにお礼されることはしてないんだけどね? 友馬君いい子だから全然手がかからなかったよ~。やっぱり私にしてたみたいに友馬君にもしっかりと教育を施してたんだ?」
「……そうだね。いやー、子供の教育って大変だよねぇ。ほんと」
笑顔にチクリとした嫌味を混ぜるのが得意なのは何も田中だけじゃないんだ。
それくらいなら私にもできる。
笑顔のまま唇の端をピクリとひきつらせた田中に、あまりの楽しさにフフッと笑いがこぼれた。
会話をする私達の姿を不思議そうに見つめていた友馬くんのお母さまは、ついに首を傾げる。
「友花、その方とお知り合いなの?」
「……あぁ。うん。知り合いっていうか、同じ高校のただの同級生って感じ」
そうそっけなく答える田中に、友馬くんのお母さまはぱぁっと嬉しそうに目を輝かせた。
「まぁっ。そうだったの? すごい偶然ね。友花ったら学校のこととか全然話してくれないから……」
友馬くんのお母さまは少し悲し気に目を伏せると、パチッと手を打ち鳴らした。
「そうだわ。恩人さん。私は友馬が見つかったことを役員さんに報告してきます。だからここで友花と待っておいてくれませんか?」
「えっ、は⁉ お母さんっ、私こいつと仲いいと勘違いしてない⁉ 絶対嫌なんだけど⁉」
田中が声を荒げる。
私もヒクッと唇の端を震わせる。
それは是非とも遠慮したい所存なのですけれども……。
そう言おうとするけど、お母さまはさっさと行ってしまって、田中と二人、その場に取り残される。