5歳の聖女は役立たずですか?~いいえ、過保護な冒険者様と最強チートで平和に無双しています!
◇グレッグside

 俺は昔から喧嘩が強かった。誰にも負けたことがなかった。
運動神経もよかったし、勉強だってできた。
 田舎で小さな商店を営む両親は、そんな俺が自慢だったようだ。だが、俺にとって両親は自慢ではなかった。
狭い村での暮らししか知らずに、ただ同じ毎日を繰り返す日々のなにが楽しいのか理解できなかったからだ。俺はもっと外の世界で、自分の力を試したい。そう思い、店を継ぐことはせず、冒険者になることを決意し村を出た。
 ギルドに入ると、俺は自分に剣士としての才能があることに気づいた。瞬く間にランクを上げ、気づいた時にはAランク。ギルドの中でいちばん強い冒険者と言われるようになった。
 努力とか、挫折とか、そんなものは俺の人生に無縁な言葉だった。俺は生まれながらにして強い、特別な人間だ。
 偉そうにしていても、周りが自分より弱ければ誰も文句は言ってこない。
文句があるなら俺を倒してみろ。冒険者の世界は、強いやつが英雄になれる。俺にぴったりの世界だ。
 力がある人間には、放っといても人が勝手に集まってくる。
 俺は弱いやつには興味がない。一緒にいるからには、それなりに強くて利用価値がある人間がいい。
 ギルド内でランクと能力値が高いやつらとパーティーを組み、俺はさらに自分の強さを町中に知らしめていった。
 このギルドでのトップは俺だ。そしていつか俺は……ギルドの最強剣士としてこの町を出て王都へ行くんだ。
王族は名高い冒険者を王都へ招き、王都での仕事を与えることがある。そうなれば、今よりもっと特別な待遇と、贅沢な暮らしが待っている。だからそれまで、俺はトップであり続けるんだ。
 実際に、俺より強いやつは何年経ってもギルドに現れなかった――あの日までは。

「グレッグ、話は全部聞いた。お前はもうこのギルドに置いておけない」
 フレディとメイを罠に嵌めることに成功した俺は、酒場でチャドとコーリーと気分よく酒を酌み交わしていた。そこへ、憤怒したキースがやって来てそう言った。
「……キース、俺が追放ってどういうことだ」
「そのままの意味だ。魔獣に手を出したらしいな。しかもただの私怨のために……。自分がなにをしたかわかっているのか?」
「そんな話、誰に聞いたんだよ」
 この作戦は仲間のふたりにしか話していない。……まさか。
「あいつらに聞いたのか?」
「あいつらっていうのがフレディたちのことならそうだ。お前がしたことを、すべて話してくれた」
 キースの言葉を聞いて、チャドとコーリーも愕然としている。
「……無事だったのか? だとしても、こんなに早く洞窟から戻って来られるはずはねぇ! ああそうか、結局尻尾を撒いて逃げたんだな」
「フレディたちなら、きちんと魔獣を助けて戻ってきたぞ。信じられないなら自分の目で確認するといい。それと、あの魔獣は契約を交わしメイちゃんの従魔になった」
「メイの従魔だと!? あいつは聖女だろ!」
「テイマーの能力も持っていたんだろう。お前はあの子を見くびりすぎたな」
 あんな大きな魔獣が、ガキの従魔になっただと……? 信じられない。
 メイのやつ、いったい何者なんだ。聖女であって、魔法もそれなりに仕えて、さらにはテイマーだって? しかもあの若さで……。
 全部、生まれながらにして得た才能だとしたら、チートすぎて太刀打ちできるはずがない。
 メイだけじゃない。フレディとマレユス。あのふたりは狂暴化した大群のコボルトと対等にやり合ったということだ。たったふたりで。……俺たちに、果たしてそんなことが可能だったか?
 力だけで敵わなくとも、頭を使い手段を選ばなければ、勝てない相手なんていないと思っていた。今回だって、作戦は完璧のはずだった。だが、あいつらはその上をいった。……俺は負けたんだ。
「とにかく、お前のギルド追放は確定事項だ。今までも散々見逃してきた。いつか改心すると思ってな。だがもう我慢ならん。魔獣を傷つけた罪にしては、追放など軽すぎるくらいだ」
「はっ。いいのかよ。ほかのやつらが倒せないモンスターを、今までずっと倒してやったのは俺だぞ。追放したら、そっちが困るんじゃねぇのか?」
「心配いらん。今はフレディがいる。あいつが全部倒してくれるさ。……だが今までギルドのために貢献してくれたことは、心から感謝している」
 俺はギリッと唇を噛みしめた。フレディがいる今、俺はもう必要ないってことか。
「チャド、コーリー。お前たちも追放処分だ」
 キースに告げられ、ふたりの肩がビクッと跳ねる。
「いや、俺たちはやらされただけでっ……!」
「そうよ。グレッグに頼まれて……」 
 最初に出てきたのは、自己保身の言葉だった。
 こいつらとはそこそこ付き合いが長い。ランクも高く、無駄に正義感をかざしていないところも気が合った。自分の強さを示すために組んだだけのパーティーだったが、それなりに気に入っていた。だが本当の意味で、仲間と呼べる関係ではなかったことが、今はっきりとわかった。
「お前たちはグレッグが怖くて、従っただけっていうのか?」
 チャドとコーリーは無言で頷いた。多少はあったふたりへの情が、一瞬で冷めていくのがわかる。
「そうなのかグレッグ」
「……ああそうだ。俺が無理矢理命令した」
 こう言えば満足なんだろう。だったらお望み通りにしてやるよ。こんなパーティー、俺から捨ててやる。
キースはしばらく考え込むと、今にも泣きそうなチャドとコーリーを見て、小さくため息をついた。
「……ふたりの追放処分は、話を聞いて追々考えよう。だが主犯のグレッグは追放だ。そしてもう二度と、フレディやメイちゃんに関わるな」
 低い声で念を押すようにキースは言った。めずらしく、本気で怒っていることが伝わってきた。
一方で、チャドとコーリーは俺の追放に悲しむ素振りもなく、一旦追放を免れた自分への安堵の顔だけを浮かべていた。……胸糞悪い。こいつらの顔を、これ以上一秒ですら見ていたくない。
席を立ち、思い切り椅子を蹴り上げた。店内にいるやつらの視線が一気に集中し、どよめきが起こる。
「わかったよ。ギルドにも、この町にも二度と顔を見せねぇ。じゃあな」
 俺はそう言い捨てて、酒場から出ていった。
 酒場を出てからも苛立ちが収まらず、そこらじゅうの壁や、道に転がる空き缶に怒りをぶつけながら歩いていた。
「グレッグ!」
 道行く誰もが俺から距離をとっているなかで、誰かが俺の名前を呼んだ。
「……ミランダ」
振り返ると、かつて俺のパーティーに聖女として所属していたミランダの姿があった。ミランダとは、チャドとコーリーよりも遥かに長い付き合いがあった。
 なぜなら、ミランダは俺と同じ村の出身――いわゆる、幼馴染という関係だった。 
「なにしてるのよ。馬鹿じゃないの!?」
 いつもの丁寧で優しい言葉遣いはどこへいったのか。
 キースのように怒りを露わにしながら、ミランダは俺の胸板をドンドンと叩いた。
「……どうしてあんなことをしたの!」
 ミランダも、俺が魔獣を利用して、フレディとメイを嵌めたことを既に知っているようだ。
「うざかったからだ。消えてほしかったんだよ。あいつらふたりとも」
 感情的になっているミランダに、俺は淡々と答えた。
「ふたりがあなたになにをしたのよ。……前のことだって、メイちゃんとフレディは被害者じゃない」
 俺がメイをパーティーから追放した時のことを言っているのだろう。思い出したくもない。……あの日から、俺の人生はめちゃくちゃになったんだ。
「被害者とかそんなことはどうでもいい。調子乗ってるからだよ。急に強くなってちやほやされて。なによりふたりとも、あれだけの力を持っていたことを俺に隠してやがった! 俺を馬鹿にしたんだ!」
 後に知ったメイの聖女の力はすごいものだった。真聖女ではなかったとしても、手元に置いておくべきだった。
「そんなの、グレッグの被害妄想でしょう!」
「だったらどうしてメイはまた治癒魔法を使えるようになったんだ! 俺の時は使えないふりをしておいて……! あのFランク野郎だって、いきなりあんなに強くなるなんておかしいだろ!」
「フレディはわからないけど……多分メイちゃんは、あなたに治癒魔法を使いたくなかったのよ。メイちゃんは当時、魔法の使い方も全然わからなくて、コントロールができていなかったと聞いたわ。魔法は頭の中のイメージも大事だけど、発動者の意志も同じくらい大事だもの」
 メイが俺に治癒魔法を使うこと拒んだ?
フレディを殴った俺を――治したくなかったということか。
 なにより最悪なのは、あいつらを引き寄せてしまった原因が俺にあることだ。あいつらが出逢わなければ、俺はずっと一番でいられたのに。
「……あいつらがいると、ギルドで一番になれない。そんなの許せないんだよ。邪魔なんだ」
 一番でないことは、俺にとって恥だった。
「グレッグはいつもそうね」
「あ?」
「私が最強聖女に選ばれて、王都へ行くことになった時も、あなたはちっとも喜んでくれなかった。態度もびっくりするくらい冷たくなったわ」
 それは――ずっと俺の後ろを着いて来ていたお前が、突然俺の先を歩き出したから。
「自分より上の地位に立った人間が、そんなに気にくわない?」
「ああ。気にくわねぇ。お前なんか弱っちいくせに。いじめられて泣いてるだけの、弱虫だったくせに……!」
「弱いのはあなたでしょ」
 ミランダは俺の胸倉を思い切り掴んだ。みんなの憧れの聖女であるミランダが、公然とこんな行動をとるなんて驚いた。
「自分が弱いことを受け入れられないで、卑怯な手ばかり使って。だからメイちゃんやフレディに負けるのよ」
「なんだと。俺の気も知らないで――」
「そんなだから、誰とも本当の仲間になれないの!」
 いつも穏やかに笑っていたミランダが、俺を睨みつける。そんなミランダを、俺も見下すように睨みつけた。
 しばらく無言の睨み合いが続いた。俺は胸倉を掴むミランダの腕を振り払うと、背を向けて歩き出した。
「ちょっと、どこに行くのよ!」
「この町を出て行く。あいつらとも、お前とも、もう顔を合わすことはねぇ。清々するだろ」
「……なによそれ。逃げるつもり?」
「ああ。逃げる。魔獣を使っても、あいつらにひとつも仕返しできなかった。さすがの俺も戦意喪失したよ。ここにいたら、俺は一番になれねぇ」
 それに、ギルドを追放されてなお、後ろ指をさされながらこの町に居続けるなんて俺にはできない。馬鹿にされるくらいなら、死んだほうがマシだ。
「せいぜいこれからも国の平和のために祈り続けてくれよ。最強聖女のミランダ様。……あのガキに立ち位置を奪われなかったらいいな」
「グレッグ……待ちなさいよ。グレッグ!」
 俺を呼び続けるミランダの声は、聞こえないふりをした。
『そんなだから、誰とも本当の仲間になれないの!』
 ミランダに言われたことが、頭の中でもう一度再生される。
 ――仲間なんていらない。俺はひとりでもやっていける。
 弱くて吠えることしかできない仲間なら、俺には必要ない。
 群れなければなにもできない人間になんて、俺はなりたくない。
『ありがとうございますっ! グレッグさん』
 こんな時に思い浮かんだのは、皮肉にも初めて会った時のメイの笑顔だった。
 純粋で穢れを知らない、二度と俺には向けられることのない笑顔。
「……どうかしてるな」
 自嘲しながら、俺は呟く。
 その日の夜、家に置いてある必要最低限の荷物を持って、俺はこの町を去った。
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