5歳の聖女は役立たずですか?~いいえ、過保護な冒険者様と最強チートで平和に無双しています!
「そういえば……いまさらですけど、ふたりともよく無事に戻って来られましたね。見てください。ここに〝後悔の部屋〟に関すると思われる記述があったんです」
 マレユスさんは、全体を囲うようにあ壁の一部分に書かれた文字を指さした。
 そこにはこう書いてある。

 深き後悔ありし者のみ導かれん
 過去を乗り越えし時 宝と共に出口は開かれる
 己の後悔の実体に囚われし時 出口は閉ざされる

 ――ご丁寧に事前に説明があったのか。全然気づかなかった。これを先に読んだなら、怖くなって入るのを躊躇するものも多かっただろう。
「出口が開かれたということは、あなたたちは過去を乗り越えたということですね。あの部屋ではいったいなにが起きたのですか?」
「それは……。いやその前に、俺はみんなに話しておきたいことが……」
 フレディが話し始めようとした途端、突如地面が揺れた。
【! メイ、俺のそばを離れるな】
【うん。わかった】
 揺れは次第に大きくなり、地響きが聞こえる。
「なにが起こっているんだ!? このままじゃ足場が崩れそうだ」
「まさかですけど、迷宮自体が崩れているなんてことは……」
 フレディとマレユスさんも警戒態勢に入っていると、ルカが思い出したように口を開いた。
「あのさマレユス、こっち側の壁にもなんか書いてあったの、俺見つけたんだけど」
「ルカ、今はそんなことを言ってる場合では……!」
 こんな時でもマイペースなルカに、苛立ちを見せながらマレユスさんが返事をする。
「〝後悔の部屋〟の結界に無理な衝撃を加えたり、不正な侵入があった場合、迷宮ごと部屋を葬り去る的な内容だった」
 ルカの衝撃発言に、その場にいた全員が固まった。
 さっき、スモアが言っていたことを思い出す。スモアは私を助けるために〝結界を破壊した〟と言った。当然、マレユスさんとルカはその行為を目の当たりにしていたはず。
 一斉に、スモアに視線が集まった。
【……オ、オレが破壊したせいか】
 スモアも自分が元凶だと気づき、若干焦っている。堂々としているスモアのこんな姿が見られるとは超絶レアだ。
「ルカ! だったらもっと早く言え! なんでスモアを止めなかったんだ!」
「だって今さっき気づいたんだもん」 
 フレディの言い分はもっともだが、そう言われてしまうとなにも言い返せない。
「全員で今すぐ脱出するぞ。まずはここから出よう。そうだ、逃げ場なら上に……」
「でもフレディ、登ってる最中に天井が崩れてきたら? それに、手や足をかける場所もこの壁にはなさそうだし……」
 ルカならカラスに獣化すればあっという間に上へ行けるだろうが、私たちには不可能だ。上が安全という保障だってない。
「魔法で壁を破壊しましょう。急がなければここで〝後悔の部屋〟と共に我々も葬られることになってしまいます」
 マレユスさんが魔法を発動しようとすると、今まででいちばん大きな揺れが起こり、全員地面に倒れた。
 ――まずい。崩れていく速さが異常だ。
【スモア、このままじゃ……!】
【心配ない】
【えっ?】
 スモアにぎゅっとしがみつくと、スモアは私をじっと見つめた。
【オレが責任をとる。崩れるより前に、こちらが先に全部破壊してしまえばいい】
【……それって大丈夫なの?】
【メイに傷を負わせるようなことをオレがすると思うか? 全員にオレから少し離れるように伝えてくれ】
 私はスモアから離れ、みんなも同じよう、スモアから距離をとるように伝えた。
「メイ、スモアはなにをするつもりなんだ?」
「崩れる前に先に破壊するって」
「……それって大丈夫なのか? まったく、破壊が好きな魔獣だな」
 フレディも私と同じ心配をしていた。「スモアは私を絶対傷つけないよ」と言うと、あっさり納得したようだけど。
「ガウゥゥゥゥゥゥーーーーッ!」
 少し離れたところで、スモアが大きな声で鳴いた。スモアからとてつもない魔力を感じ、全身にぞわっと鳥肌が立った。これがまだ見ぬスモアの力への恐怖なのか、期待なのか、自分でもよくわからなかった。おもわず、隣にいるフレディの服の袖をぎゅっと掴んだ。
「メイ、大丈夫。俺がついてるから」
 どんな状況でも、フレディにこう言われたら怖くなる。不思議だ。
 スモアの体から、この空間すべてを包むくらいの光が放たれた。次の瞬間、大爆発でも起こったような爆音がして、反射的に目と耳を塞いだ。
 急に肌寒く感じ、恐る恐る目を開けると――私たちの周りには、大量の瓦礫が散らばっていた。……もう迷宮の痕跡はどこにもない。
「こ、これが、魔獣の魔力ですか……」
 魔法を極めてきたマレユスさんですら、迷宮ひとつ簡単に破壊してしまうスモアの力を前に、開いた口が塞がらないようだ。
 スモアは瓦礫を自在に動かすと、どんどん積み上げていき、地上へ登るための道を作っていく。私たちは呆然と見ていることしかできない。
【完成した。メイ、行くぞ】
 スモアは私を背中に乗せると、瓦礫の道をぴょんっと軽快に跳ねるように登って行った。
 それを見たルカはカラスに獣化し、私たちの隣を優雅に飛んでいる。残ったフレディとマレユスさんは――足場の悪い瓦礫道を、自分の足で上るしかなかった。見ているとちょっとかわいそうだったけど、途中でどちらが早く登りきるか競争を始めていて、相変わらずだなぁと思ったり。
【スモアってすごいんだね。びっくりしちゃった】
【こんなのまだまだだ。見直してくれたか?】
【うん! みんなのピンチを救うスモア、かっこよかったよ!】
 私が褒めると、スモアはご機嫌に尻尾を振った。さっきまであんなに迫力があったのに、今は猫みたいでかわいい。
 フレディとマレユスさんが地上に戻ってくると、ルカも魔物化を解き人間に戻った。
「よし。全員無事だな。助かったよスモア、ありがとう」
【……フン。メイのついでに助けただけだ】
「どういたしまして、だって!」
【メイ!? オレはそんなこと言ってないぞ】
 言ってもないことを伝えられ、スモアは慌てている。だけど、私はきちんと代弁したつもりだ。フレディにお礼を言われ、満更でもなさそうなスモアを私は見逃さなかった。
「そういえばフレディ。あなた、地鳴りが起こる前になにか話そうとしていませんでしたか?」
 思い出したようにマレユスさんが言った。フレディがみんなになにを話そうとしているのか、私には予想がつく。
「……ああ。みんなに聞いてほしいことがある。俺がフェルリカに来るまでの話だ」
 そう言って、フレディは自分の過去について話し始めた。
 どうして剣士になったのか。国でいちばんの最強剣士の称号を手に入れたこと。とても強い仲間がいたこと。そして、その仲間を戦いで失ったこと。
 私も初めて聞くことだらけだった。〝仲間を見殺しにしてしまった〟ということしかフレディからは聞いていなかったから。
「俺は、ずっとみんなにそのことを内緒にしていた。この話を誰かにするのが怖かったんだ。……自分が情けなくて、どうしようもないやつなのはわかってる。俺のことが嫌いになったならそれでいい。でも、みんなには全部知っておいてほしいと思ったんだ。俺はみんなのこと……仲間だと思ってるから」
 ところどころ言葉に詰まりながらも、一生懸命話すフレディ。
 話が終わると、静けさが私たちを包んだ。想像していたよりも重い話に、みんなどういう返事をしたらいいのか悩んでいるのかも……。
「あなたの過去はよくわかりました。で? どうしてそれが、あなたを怖がる理由になるのですか?」
「え……?」
 最初に口を切ったのは意外にも、スモアと同じくらいフレディと犬猿の仲のマレユスさんだった。
「僕はあなたの過去など興味がありません。大事なのは、今のあなたがどう生きているかでしょう。僕は今のあなたと関わりがあるのですから。……それに、あなたのことはもともと別に好きではありませんしね。嫌われる心配など無用ですよ」
【まったくもって同感だ】
「ていうか、フレディはべつになにも悪いことしてないしねー……」
 マレユスさんもスモアもルカも、だからどうした? といわんばかりの態度だ。意に介さない現在の仲間たちを見て、フレディは拍子抜けしたようだった。
「……ふっ。ははは!」 
俯きがちだったフレディは、そんな反応を見て顔を上げて大笑いし始めた。
「みんならしいや。ははっ!」
 ずっと不安に感じていたことを「そんなことどうだっていい」と一蹴りされたのは、フレディにとって相当清々しかったのだろう。
 過去に仲間を救えなかったということでフレディに愛想を尽かすような人は、ここにはいなかったということだ。みんな言葉足らずだけど、誰も仲間という言葉を否定することはなかったし……つまり、みんなもフレディと同じ気持ちってことだと私は思う。

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