政略夫婦の愛滾る情夜~冷徹御曹司は独占欲に火を灯す~
(あんなに近づいて、キスしてるなんて思われたらどうしよう……)

 嫌われると思うとやっぱり悲しい。

 唇を噛んでうつむいているとカチャと音がして専務室の扉が開いた。

 出てきたのは他でもない須王専務のはずだけれど、無防備に顔を上げた私の瞳には涙が溢れていて、専務の姿が歪んで見える。

 慌てて隠そうと手で目元を覆ったがもう遅い。

「どうした?」

 専務が近づいてくるのがわかる。

「あ、ぃ、いえなにも、目にゴミが」

 慌ててティッシュを取り、瞼を覆ってみても震える声は隠せるはずもない。

 ふいに専務の手が私の手をとった。

「立って」

 そのまま手を引かれて、私は専務と一緒に専務室に入った。

「座って」

 言われるまま、そっと腰を下ろしたソファーに座ったのは、これで三度目だ。

 一度目は叱られて辞めるつもりでいて、二度目は仕事で大きなミスをして実家の話をした時。今日で三度目だけれど、三回とも恥ずかしい理由で自分が情けなくなる。

 特に今日の涙は、仕事の理由ですらない。
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