政略夫婦の愛滾る情夜~冷徹御曹司は独占欲に火を灯す~

「どうした?」

 専務は囁くように言う。

 あまりに優しい声だから、こんな時にどうしてそんなにふうに聞くんだろうと、腹立たしくなる。

 どうしたもこうしたもないですよ、本当はわかっているんじゃないですかと八つ当たりしたいくらいだ。

 とはいえ、涙のわけは専務あなたですと、言えるはずもない。

「本当に、なんでもないんです。ただ目にゴミが、入っただけで」

 専務は立ち上がって、向かいの席から私の隣に移動してきた。

 戸惑う私の頬に専務の指先が伸びてくる。

「そんなに悲しそうなのに?」

 専務の指が私に触れたのかと思うと、また涙が溢れてくる。

「なにがあったんだ、紗空」

 涙はとめどなく溢れる。

 名前で呼ぶなんてひどいじゃないですか。そんなふうに呼ばれたら気持ちが止められない。

 震える唇を噛み、声に出せない声でそんなふうに専務を責めた。

「紗空。どうしたんだ?」

 専務の指先が心の鍵を外していく。

 いとも簡単に秘密の部屋を開けられた気分だ。心を丸裸にされて、隠れる場所がない。
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