彼と彼女の取り違えられた人生と結婚
素直に答えてくれる柊は、大紀の幼い頃にも似ているような気がした。
小さい頃の大紀はとても素直だった。
柊のようにハキハキしていて、いつも微笑ましかった。
いつ頃からだろう。
大紀の笑顔を見なくなったのは。
ジュリーヌが臨月の時にいなくなった時。
もう大紀は笑わなくなっていたような気がする。
「お父さん…」
お父さんと呼ばれて、優はちょっとドキッとした。
嬉しい気持ちが込みあがってきて…それでいて、なにかくすぐったいような気もした。
「なんだね? 」
ちょっと戸惑った返事をした優に、柊は優しい笑みを向けた。
「いえ、改めて言うのはおこがましいのですが。樹里さんとの結婚を、許して下さり本当に有難うございます」
「そんな事、お礼を言われる事ではないから。樹里が選んだ相手だから、私は信頼しているよ」
「それでも感謝しています。…100憶と言う大金を、動かしてくれたくらいですから」
100憶の大金。
そう言った柊の目が少しだけ潤んでいた。
その目を見ると優は、何かグッと込みあがるものを感じた。
「あれほどの大金を動かしてくれるのは、きっと樹里さんに対して深い愛があるからだと思いました」
「愛? 」
「はい、お金は愛です。なので、それだけ深い愛を持って樹里さんを育てていたのだと。そう思いました」
お金は…愛…。
ジュリーヌも昔、そう言っていたような…。
「助けて頂いた恩は必ずお返ししますので、力になれることがあればいつもで言って下さいね」
この感覚は…ジュリーヌと初めて会った時と同じだ…。
とても暖かい愛が溢れていて、全てを包み込んでくれるような…。
もし、この子がジュリーヌが言っていたいなくなった子供だとしたら…私の下へ帰って来てくれたという事になるのだろうか?
ジュリーヌがいなくなったのも…こうして、この子に会えることも運命だったのだろうか?
胸がいっぱいになったまま、優は病院を後にして自宅へ向かって歩いていた。
病院を後にして優は自宅へ向かって歩いていた。
上野坂家へ向かう道のりは集合住宅ではあるが、夜になると人通りが少ない。
街灯は明るいがとても静かである。
優が歩いてくると、後ろから誰かがつけてきている気配を感じた。
気配に気づいた優は少しだけ歩きを遅くした。
優の数メートル後ろに、黒いフード付きのパーカーを着た男がいる。
距離を近づける事もなく一定の距離をとって着いて来ていた。
家の周辺に来ると、ピタッと歩きを止めた優。
着けて来ていた男はサッと物陰に隠れた。