憧れの陛下との新婚初夜に、王弟がやってきた!?
国王陛下のお怪我は、大々的に公表された。足のお怪我は治癒までは歩行が困難で、ニューイヤーが明けた頃にリハビリをしつつ、戻れる見通しだという事になった。
ユーリ様の指示で国王不在の間は、議会など表の仕事は先王陛下と私が代わりに代行する事を発表したものの、やはり革新派は身重の私を引き合いに出し、アースラン殿下を引っ張り出してきた。
しかし、アースラン殿下が「国王陛下からのご指示がない以上そのつもりはない」と辞退なさった。
そしてわたしは詰め物を増やした大きなお腹を抱えて先王陛下と議会へ通う日が始まったのだった。
そんなバタバタと忙しく過ごして、少しずつ国王代行の仕事にも慣れてきたある日。
議員たちのと意見交流の時間を終えて、執務へ戻るため、先王陛下と2人でユーリ様のお部屋に向かおうと、ジェイドの執務室のある階まで上がってきた時だ。
「そこの御令嬢、ここで何をしておる?」
国王の居住階に向かう階段の前で、上を見ながらウロウロとしている金髪の巻き毛の若い女の姿があった。
先王陛下の声かけに、ビクリと肩を震わせ振り返った彼女は…エリスだった。
彼女は先王陛下のお姿を認識すると慌てて礼を取る。
「エリス?こんな所で何をしているの?」
なんとなく嫌な予感を感じて問えば、エリスは上の階をちらちらと確認しながら。
「そのぉっ…お父様の御用についてきたのです」
以前私1人と対峙した時とはまるで違う、殊勝な態度である。
「ベルベルト卿のご御用?」
見回してみるけれど、そのお父上の姿は見当たらない。しかもジェイドは数日前から視察に出ているので今日は執務室にはいないから、前回のようにジェイドの執務室に居るという事は無いはずだ。
「それで、ベルベルト卿はどちらに?」
そう問えば、彼女は唇を噛んで少し俯きながら気まずげに
「その…陛下はお怪我で動けなくて色々と退屈かと…この機会に陛下にお会いして、私を公妃にお迎えくださらないかとお話をする…と父が…」
そう言ってチラリと彼女がまた階段の上を見るので、私と先王陛下は顔を見合わせて、同時に嫌な考えが過った。おかしいとは思ったのだ。この場にいつも配されているはずの見張りの近衛の姿が無いのだ。
先王陛下がエリスを押しのけて、階段を駆け上がり、私もそれに続く。
階段を登り切れば、フロアの部分で、兵に囲まれて何やら喚きながら制止されているベルベルト卿のお姿があった。
「ベルベルト卿、何をされているのだ!」
先王陛下が厳しい言葉を投げかければ、その場の皆がこちらを振り返る。
「こ、これは先王陛下!お久しぶりにございます。本日は、お怪我でお心を痛めておられるユリウス陛下を見舞い、お慰めしよう思いまして」
「ここは王族以外が入れる場所ではない!何故ここまで入れた!」
先王陛下の厳しいお言葉の最後は、彼を取り囲んでいる近衛に向いた。
近衛達は、困惑したように頭を下げると。
「国王陛下にご自身は許可を取り呼ばれたのだとご説明を受けまして…その王太子妃殿下のお父上でありましたので…しかし、そのような話は聞いておりませんので、今侍女を捕まえてお休み中の陛下に確認をさせている所でございます。」
なるほど…王太子妃の父である事を盾にここまで入り込めたらしい。
国王側と王太子側がどの程度の仲であるのかを知らない近衛が困惑しても仕方はないのかもしれない、しかし
「それは有り得ない。今のユーリは到底公妃を娶る気も、なんならそんな下心のあるような者を寄せ付けるわけがない!即刻ここから出ていきなさい!」
先王陛下の厳しいお声がホールに響くのと、カチャリと居室の扉が開くのは同時だった。
居室の扉からひょこりと顔を出したのは、アイシャで、彼女は私達の姿を見とめると礼を取り、近衛に向き直る。
「ただいま陛下にご確認しましたが、そのような約束はないと…そして例え王太子妃のお父上でもお会いするつもりはない。またここまで不躾にやってこられることは許されざる事、即刻この階より下がられよと申されております」
明確なユーリ様からの拒絶の言葉だった。
これで、ベルベルト卿も諦めて下がられるか…と思ったのだが…。
「そんな!陛下!ユリウス様お待ち下さい!」
そこにいつの間にかエリスが、上がってきていたのだ。
彼女は、悲痛な声をあげると、あろう事か戸口に立つアイシャを押しのけて室内に飛び込んだのだ。
一瞬の出来事に、誰も彼女を止める事ができなかった。
部屋に飛び込んでしまったエリスを追って、私と先王陛下が居室に入るすぐに目の前に呆然と立つエリスの姿があって、先王陛下が彼女の肩を掴む。
「へ‥‥陛下っ!陛下はどちらなの!?」
騒ぐ彼女の視線の先には、本来なら陛下がいると思われていたベッドがあるものの、それは、大人が寝られるような大きさではなくて…。
「残念ながら、ここはもうすぐ産まれる子どもの部屋よ!」
冷たく私が言うのと、先王陛下が彼女を居室の外に引き摺り出すのは同時で…。
ホールの床にへたり込んだ彼女と、呆然としているベルベルト卿を一瞥した先王陛下が
「侵入者と変わらん、捕らえろ!」
容赦なく厳しい声で近衛に指示を出す。
弾かれたように近衛達が彼らを取り囲むと
「そんな!私はただユリウス陛下に一目お会いしたくて!ただそれだけなんです!」
エリスが泣き叫び
「一目くらい合わせてもらってもいいではないですか!我々は王太子妃の父と姉ですぞ!えぇい!気安く触れるな!」
ベルベルト卿も見苦しく抵抗を示して怒鳴り散らしている。
なんとも見苦しい光景だ。
「慣例を破って王の私室まで踏み込むなんて、謀反と思われても仕方がない事だ。何のためにこの慣例があるのか理解も出来ていないと見える!とてもではないが、王太子妃の家の者がやることはおもえないぞ!」
なおも厳しい先王陛下の言葉が飛ぶが。
「そんな、私は陛下をお慰めしようと」
まだあきらめないエリスは涙ながらにどうやら先王陛下を説得しようとしているらしい。
しかしその言葉がどうやら先王陛下の逆鱗に触れた。
「そのような余計なことを誰に頼まれた!!陛下には、アルメリアーナ妃がいるだろう!」
「ですが王妃陛下はご妊娠中です!現にアナタ様もそうだったではございませんか!?」
ベルベルト卿が言い訳のように声を上げる。年齢的にも先王陛下と同じ歳くらいの彼は、きっと先王陛下の時代の公妃問題の事も知っているのだろう。
しかし、それは地雷ではないだろうか?当時の状況を少しばかりしか聞いていない私でも、「あ!それ言っちゃう?」と思ったくらいだ。
しかしそんな事まで考えられるほど今のベルベルト卿に余裕はないらしい。案の定、先王陛下の怒りの矛先は、娘のエリスから、ベルベルト卿に向いた。
そして
「そうさせたのは誰だ!」
先程とは違う、少し抑えた…しかし明確な怒気を含んだ声が、ホールに響く。
「私とて、公妃など取りたくは無かった!しかしそれをあえてさせたのはお前達革新派ではないのか!?妊娠中の大切な時期に、公妃を娶る事になって、エリーはずいぶんと辛い思いをしたのだ!それはユーリがよく知っている!息子は母のような苦しみを妻にはさせるつもりはないのだよ!私の時に上手く行ったからとて、それが通用すると思うな!」
悔しさなのだろうか、後悔なのだろうか…先王陛下の手は小さく震えている。
きっと20年以上、彼の中ではその時の事がずっと蟠って残っていたのだろう。
「連れて行け!」
もうこれ以上言うことはないと、彼らに背を向けた先王陛下について、私も階段を登る。
ここに来て自分達の行動のまずさに気がついたのか、はたまた拘束されると言う事実だけにショックを受けているのか、泣き喚くエリスと、許しを乞う侯爵の声が遠のいて行った。
「すまないね。私が前例を作ってしまったばかりに」
階段を登り切ると、ゆっくりと息を吐いた先王陛下に、背中越しに詫びられる。
どんなお顔をしているのかは分からない。
「いえ…人の心を考えれば、普通ならば分かることが分かっていない彼等が悲しい人達なのです」
「なるほど…人の心か…」
そう自嘲気味に言った彼は、そのままホールを横切って、一つの扉の前でノックをすると、そのまま入室した。
「なんだか…随分と騒がしかったね」
リビングルームではユーリ様がソファに座って書類をめくっていた。私達もソファに腰掛けると、アイシャがお茶を用意してくれた。
疲れたようにソファに背を預けた先王陛下が事の顛末を話すと、ユーリ様はなるほどと肩をすくめた。
「アイシャが機転を効かせてくれて、別の部屋から出てくれて良かったよ。もしこんな姿を彼らに見られたら終わりだからね。」
そう言ってお茶を出してきたアイシャに目配せする。当のアイシャは「このくらいの事はなんでもございません」とニコリと笑った。
アイシャは幼い頃から私についているせいか、同じ王妃候補だった御令嬢達の事はある程度理解している。きっと相手がエリスだと知っていたからこそ、彼女が強行手段に出る事も予見できたのだ。おかげで今回は本当に助かった。
「しかし、相手はベルベルト卿かぁ。アースランの手前どのような扱いにすべきか迷う所だね」
書類を傍に置いて、お茶を飲んだユーリ様が、悩ましげに唸る。
ベルベルト卿の次女は王太子妃であるチェルシーだ。こちらの一存で処断するにはいささか扱いに困る人物である。しかし。国王の居室に許可なく侵入を計るなど、言語道断な行動であるのも事実。
少し面倒な事になってきたなぁと、3人で息を吐いた。
< 68 / 86 >

この作品をシェア

pagetop