マリファナの樹
 

「…高校のとき、俺を頼って、縋ってくれた人間がいた。仲が良かったんだ。初めこそ煙たがっていたけど、そいつのことが大切だった。いじめを受けていたのを知ってた。

 …ある日、呼び出されて、屋上で吊し上げみたいなことされてさ。俺の友人、小野寺をいじめてた連中だ。羽交い締めにされて、しまいには刃物なんか出してきやがった。そしたらそいつが、落ちろって言った。興奮してた。俺を助けたかったらお前が落ちろって。小野寺は、一瞬迷ってたけど、でもすぐ俺を見てフェンスの向こうに立った。それでも周りはやめさせようとしない。騒ぎを嗅ぎつけた生徒がもう下にたくさんいた。止めようとした。止められなかった。そう思うだろ。

 違うんだよ、俺はあの時期待したんだ」


 振り返る。フェンス越し、いつも笑ってた小野寺が俺に何か意味ありげな顔をした。でもそこから目を、逸らした。手を伸ばせば届いた。振り解けば助けられるはずだった。


「…こいつが落ちれば、もうこんな面倒なことに巻き込まれなくて済むんじゃないかって」


 今でも夢に見る。二度と忘れたことはない。鏡に映る自分にいつも問いかけていた。なぜ生きてる。なぜ、救える命を見過ごしたお前が今日もまだここにいる。

 あの時、視界から消えた小野寺を見て、心が、清々した。


 正真正銘、人としての何かを失った。


「俺が殺したんだ」


 嘆いても、叫んでも、懺悔しても、もう何も意味がない。そんな後悔で死んだ命が還らないまま、自分がどうして立っているのがわからない。死ぬ勇気もないまま。生きる気力を失って。そんな俺を見つけられた。

 見つけられてしまった。桐子にだ。


 震えて、拳を握り締めながら子どものように泣いていたらふいに、その肩に手が乗った。顔を上げる。それは、もう首に痣が浮き、顔に血管を浮かべた桐子だ。その表情は、無じゃない。

 かつてのありのままの姿で、同情に満ちている。


「私は青磁の、人間なんぞろくでもないという冷めた目線と姿勢が好きだよ」

「…」
「人間を好きになる術、それを教えるまでもないね。
 きみは自分が嫌いだ。だから他者を許容出来ない。二度と挫けるつもりがないのは所詮孤独が恋しいからだ」
「桐子」
「それなのに私に魅入られた」


 愚かだね、君も私も。


 そう柔く呟いて、ゆっくりと引き寄せられる。体温はぬるく、人のあたたかさがまるでない。だと言うのに、幼い頃、母親に抱き締められたあのぬくもりを思い出した。

 それに縋る間も持たせぬまま離される。そして桐子は耳打ちをし、俺に勝気に微笑んだ。






「この世界で最も愚かな我々に、一泡吹かせてやらないか」





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