マリファナの樹
もう絶命が間近だ。
剣菱はアトリエに最近あまり来なくなった。桐子を見たら泣いてしまうからそれはごめんなんだそうだ。浪河は相変わらず奇形の被験体として桐子を観察していたけれど、もう特別出来る何かがあるわけでもないので、ただ俺に桐子を託してくれた。
白内障だとかで、動物が老化と同時に起こすそれのように桐子の目は白み、もう前があまり見えていない。歩行は難しく、椅子に座り、手探りで創作を手がけた。ほぼそれは完成していて、楽しみにしてくれと言っている。言われたわけではない。ただ、桐子がそう囁いたように聞こえたのは、俺の都合のいい解釈だろうか。
桐子の肉親が早くに亡くなっていることを知ったのは、つい最近だ。ずっと連絡のために探してもらっていた剣菱曰く、早くに二人とも事故で亡くなっていたそうだった。
俺と桐子は変わらなかった。常に、出逢った時と変わらずに接していた。
病魔に容赦などない。
否が応でも進行する。罹患者がどれだけ抵抗しても。
だから、それを見送る非罹患者が、いなくならないでとか。忘れない、覚えている、ずっと愛している。そんな陳腐な言葉で、今直面している事態を過去にしたくなんかなかった。
これらはまるで、花餌に屈服することを認める言葉だ。
「青磁」
大作が完成し、その日、桐子に呼ばれて部屋に入る。
椅子に座り、前がもう見えない中、手探りで俺を見つけ出した。近寄り、手を取る。本来、宿主が脳に寄生し言語能力の低下が見られればコミュニケーションは叶わない筈だ。それなのに、口癖かのように、思い出したかのように、桐子は俺を呼ぶ。今みたいに。
それに俺が何も言わずに応えたら、もう随分絵の具や新聞紙のくすみやらで汚れてしまったかつての白いアトリエで、布を被せた大作を、もう芽を出し、身体から花を咲かせた〝人間〟が指差した。