祈りの空に 〜風の貴公子と黒白の魔法書
「サーカスは年に一度のお楽しみだから、ナーザももちろん見に行ったわ。そして、リシュナを一目見て、思い出したそうなの。──雷撃の異能と、前世で自分が何をしたか」
 いったん言葉を切って、イストはシルフィスの顔を見た。それがどういう意味か、シルフィスに理解する時間を与えるように。
 それから、言葉を継ぐ。
「……死んでしまうんじゃないかと思った、って、ユーリーに後で聞いたわ。食べ盛りの男の子が、水も飲めなくなって。夜もろくに眠れずに、たまにうとうとすれば領民を殺して笑う自分を夢に見て悲鳴を上げて目を覚まして。……ユーリーとダンナは、つきっきりでナーザを抱き締めたり、いろんなことを話したりしたそうよ。心から罪を悔いて許されたからまた生まれてきたのだよ、とか、わたしたちはみんなあなたを愛してる、とか、ね。ナーザはずっと飲まず喰わずで、何もしゃべらなかったのだけど……」
 首を傾げた拍子に、豊かな銀髪が肩を滑り、イストはそれをゆっくりと元に戻す。
「ある朝、スープが欲しい、と言ったんだって。俺、生きなきゃ──って。あの女の人を助けなきゃ、って。……で、どうしたと思う?」
 わからない、とかぶりを振るシルフィス。イストは頷いて、答えを明かす。
「あたしに借金して、サーカスを追って、リシュナを購(あがな)ったの。ほら、あたし、空文のおかげでお金持ちだから」
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