食堂の白井さんとこじらせ御曹司
「あー、本当だ。それは……想像しただけで恐ろしいね」
 と、切り替わる映像を見ながら、いろいろな話をしました。
 食事の時間があっという間に終わってしまいました。

 「あ、会計」
 和臣さんが店員を呼んで支払いを済ませてしまいます。慌てていくらか確認しようとしたら、和臣さんに制止されました。
「今度、スイーツの店でお返ししてくれるって約束だよ?」
 え?
 あ、確かに、そんな話をしましたが……。
 また、会っても……いい、理由。
 そんなの……。残してしまったら……。
「じゃぁ、行こうか」
 和臣さんが立ちあがって手を差し出しました。
 和臣さんの手に、手を重ねます。
 段差のある店内を、和臣さんがフォローしてくれるためです。
 海の底から地上へと戻ります。
 ああ、なんだか人魚になったような気持ちです。
 魔女に、足をもらった代わりに声を失った人魚。
 ふわふわと足元が揺れます。
 言いたいことがあっても、言うことができません……。
 店を出ても、和臣さんの手は私の手を握っています。
 もう、大丈夫です……と、言わなくちゃと思う私。このままでいいよという私。

「まだ、時間ある?」
 時計は9時半。
「はい。終電はまだ先なので」
 あ。終電まで一緒にいたいって、誤解されてしまうようなことを言ってしまいました。
「さすがに、終電まで連れまわしたりしないよ……。時間があるなら、海の後は空へ行かない?」
 空?
「高層ビルにでも上るんですか?」
「ああ、そうか。高いところは、確かに空に近いね。もしかして、夜景を期待した?」
「いえ……あ、えーっと、夜景も好きですけど……」
「じゃぁ、僕のマンションに来る?一応高層マンションの高層階だから、夜景はきれいだよ。スカイツリーも少しだけ見えるし」
「え?和臣さんのマンション?」
 びっくりして和臣さんの顔を見上げる。
 表情は見えない。
 どういう意味?
「あ、いや。ごめん、違う、その、大丈夫だから。やましい意味じゃないよ」
「くすっ。そうですね、信じます……。和臣さんはそういう人じゃないんですよね」
 とても焦った様子で言い訳するので、本当に何も考えずに口にしたらしい。……それなのに、私が大げさに驚いたから……。
 だって。
 きっと、あらがえないと思います。
 もし、今、誘われたら……。
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