食堂の白井さんとこじらせ御曹司
 私は地上に降りた人魚姫。目の前に王子がいれば……。
「いや、本当、たぶん、この時間なら菜々がいるかもしれないし……」
 王子がいても……。
 つながれた手を離します。
「ごめんなさい、あの、そういえば、今日は家に父から電話が入るのを忘れていました!そ、その、ごちそうさまでした。ありがとうございます」
 人魚姫は王子と結ばれないのです。泡となって消えます……。
 私、今、泡になりたいです。
 泡になって、消えてしまいたい。
「え?お父さんから電話?」
「あ、えーっと、心配性の父なので、今日は、帰ります。ごめんなさい、あの、駅はそこなので」
 ぺこりとお辞儀をして、背を向けて走り出そうと足を動かしました。
 靴のヒールが、見えなかった小さな穴にはまって体が傾きます。
 このままでは後ろに倒れてしまいます。
「結梨絵さんっ!」
 どんっと、和臣さんの大きな胸で傾く体は受け止められました。
「よかった……」
 後ろから、力強く抱きしめられました。
 頭の上に背の高い和臣さんの頭がのっています。お腹当たりに和臣さんの両手がクロスしています。
「びっくりした」
 和臣さんのほっとした声が降ってきました。
 心臓のドキドキが止まりません。
 泣きそうです。
 好きです。
 和臣さんのこと、好きです。
 だけど、私は声を失った人魚姫だから……。
 和臣さんに気持ちを伝えられません。
 菜々さんとどういう関係なのか、尋ねることもできません。
「世界中が段差だらけなら……結梨絵さんとはいつも、こうなるのかな……」
 和臣さん、それはどういう意味なのですか。
 誤解しそうです。やめてください。
「世界中が段差だらけなら、私は眼鏡をはずしたりしませんよ……」
 お腹でクロスされている和臣さんの手の上に、手を重ねる。
「助けてくれて、ありがとうございます……」
 そっと和臣さんの手を握り、持ち上げて、私の体から離す。
「帰ります。さようなら……」
「あ、うん、気を付けて」
 和臣さんの小さな声。
 もう一度頭を下げ、今度は慌てずゆっくり歩いて駅に向かいます。

 土曜日、学生時代の友達4人集まって飲みに行きました。
 久しぶりにコンタクトをはめて、自分で化粧をします。……いつものメイク。いいえ、いつもと少し違うメイク。
 28歳の女子会。
 彼氏がいるのは二人。
 彼氏がいないのは二人。
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