竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
 社交界に出ていなかったアメリアは、王宮の姫君たちが着るようなドレスなど見たこともなかった。だが布の手触り、仕立ての美しさ、凝っていながら品の良いデザインなど、ハンナに教えを受けたからこそ分かる。おそらく最高級のドレスだ。それが自分のサイズにぴったり合わせて仕立てられていることに驚きながら、アメリアはレオノーラについて歩いていた。
 それは現実逃避だったのかもしれない。これから自分が誰に会うのか、考えるのが恐ろしかったから。

「さあ、こちらです」

 美しい装飾のされた扉の前で立ち止まり、レオノーラが振り返る。途端にアメリアの心臓が音をたて、脚が竦んでしまった。ついにこれから「竜」に会うのだ。しかも「花嫁」として。

「そんなに緊張することはありません。大丈夫、優しいお方です。もう今朝からずっと、貴女にお会いになるのを楽しみにしておられます。――ヴィルフリート様、お連れしましたよ」

 そして扉を開け、アメリアの背中を押すようにして入って行った。

 正面の長椅子に座る人影が見えたが、アメリアはどうしてもそちらに視線を向けられなかった。自分の足元に目を落とし、促されるままに歩みを進める。
 異形のものではない、とギュンター子爵は言っていた。でも、「竜の特徴(しるし)」がどこかにあるのだ。それを見てしまったら、落ち着いていられるか自信がない。

「さあ、アメリア様。ヴィルフリート様ですよ」

 アメリアは両手を固く組み合わせた。このままではいけない、挨拶をしなくては。そう思うのに、どうしても身体が動かない。
 そこへ落ち着いた声が聞こえた。

「こちらを向いてくれないか」

 一瞬、びくりと身体を強張らせ……、アメリアは恐る恐る顔を上げた。涼やかで、優しそうな声だ。

 ――ああ、どうか恐ろしい姿ではありませんように……!

 床からそっと目線を上げてゆく。すらりとした脚、膝の上に軽く握られた手が目に入る。服は王都の若い貴族の男性が着ているものと大差ないようだ。体格も普通というか、むしろやや細めに見えて恐ろしさは感じられない。
 そしてとうとう正面を向いた。子爵の言うとおりの薄い色合いの髪が、顔を縁取って肩の辺りまで垂れている。

 アメリアは息を呑んだ。
 彼女のものよりも淡い、黄金(きん)色の瞳。春の日だまりにたゆたう、淡く優しい光の色だ。

「ようやく会えた、我が妻。私がヴィルフリートだ」

 そして立ち上がり、アメリアに手を差し述べた。
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