目が覚めたら屈強な強面王子と入れ替わってしまいました ~お願い!筋トレは週一にして!~

お片付けは迅速に

 ひと月ほど前から先日に至るまで、ヴァルト王子が内股で立っていたとの目撃情報が多数寄せられた。

 王子は王宮内にある花壇の傍らに膝を揃えて屈んでは、「まぁ良い香りですわ」と裏返った声で喜んでいたとか。

 またあるところでは、全裸の王子がローレント伯爵令嬢を抱えて廊下を疾走し、薔薇の花びらをばらまいていったという話もある。

 更にその少し前、王子は側近に裸を見られることを嫌がり、全裸のまま唸る拳で鏡を砕いたという噂も。


 ──何故だが全裸になりがちなヴァルト王子の醜聞に目を通し、とある国の密偵は険しい顔で首を捻っていた。
 一体どういうことなのか。ベルデナーレ王国に潜入して早数年、英雄と謳われる王子には一切の隙が無かったはず。
 こういった王子の醜態を求めていたのは事実だが、これらの情報はあまりにも現実離れしていて、逆に使い物にならない気がしてきた。

「……鍵はこの伯爵令嬢か?」

 令嬢が王宮に滞在するようになってからだ。王子がとんでもない奇行を見せ始めたのは。
 こちらも調査してみるべきかと、密偵の男が報告書を懐に仕舞い込もうとすると。

「アァーッ!?」

 いつからそこにいたのか、一羽のダチョウが報告書を嘴で貫いてしまった。
 訳が分からない。訳が分からなさすぎて密偵は腰を抜かした。もしかしてこの数分間、自分はダチョウと仲良く報告書を読んでいたのだろうか。

「待て、待て待て、それ返せ! それは上に持っていく大事な」

 混乱を極めた男が、慌ててダチョウの嘴から書類を取り上げようとした瞬間、後頭部に強い衝撃を受けて昏倒する。

「はーい、回収完了。ジョセフィーヌちゃんお疲れ様ー」

 一撃で伸びた密偵を見下ろし、ベルデナーレ王家に仕える少年──クロムはその場で大きく両腕を挙げる。
 ついでにダチョウの嘴から報告書をひらりと回収し、さっと内容に目を通してみる。ぐふっと噴き出してしまったが、すぐさま素知らぬ顔でそれを懐に押し込んだ。

「さてと、後始末終わり! リシェル様にお茶でもご馳走してもらおっかなぁ」

 クロムは上機嫌に密偵の男を縄で縛り上げ、ダチョウと共にずるずると引き摺りながら、暗い廊下の奥へと消えたのだった。
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