堂くん、言わないで。


不安になっていると、王子さまの衣装をすんなり着こなしている棗くんが「大丈夫だって」と励ましてくれた。



「負けてないよ。むしろ似合ってるし、かわいい」

「あ、ありがとう」


褒められるとは思ってなかったから、うわずった声になってしまう。


それでも不安はぬぐいきれなくて、自分の髪やドレスをいじってばかりいた。

すると棗くんの手がすっと伸びてきて、わたしの下ろした髪をすこし持ちあげる。

そこに自然な流れでキスを落とされたから、もう硬直してしまって。


周りから動揺の声があがることはなかった。

もしかしたら演技の一環だと思われていたのかもしれないし、みんな明日の本番のことに頭がいっぱいで、わたしたちを気にする人はほとんどいない。



「みくるちゃん」

「え?」

「ちょっとふたりで話そっか」


思わず棗くんを見あげると、彼はいつもに増して真剣な顔をしていた。


なんのことを話すのか、なんとなくわかってしまったわたし。


断ることもできずにうなずいたのと、棗くんがわたしの手をとったのはほぼ同時だった。




教室を出ると、どこのクラスからも賑やかな話し声が聞こえてくる。


まだみんな帰ってないんだ。

明日の準備とか、最終確認とかで残ってるのかな。



ぼんやりしながら、棗くんの後ろ姿をみつめる。


もし……また、想いを伝えられたら。

わたしは今日こそ返事をしないといけない。


そう考えると心がぎゅっと狭まったような気がした。


< 185 / 257 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop