不本意な初夜でしたが、愛され懐妊妻になりました~エリート御曹司と育み婚~
「ふぅ……」
チェックインのお客様が途切れたところで、私の口から短い溜め息がこぼれた。
フジロイヤルのフロントスタッフとして働くようになって、早五年。
私は約一週間ほど前に行われた挙式のことを思い出しながら、『山城(やましろ)』と書かれたネームプレートに静かに触れた。
「やっま、しっろさん」
「わ……っ、米田(よねだ)さん!?」
勤務中にも関わらず、ついつい眉間にシワを寄せていたら、不意に肩を叩かれた。
顔を上げれば、そこにはフロント・マネージャーを務める米田さんが立っていて反射的に背筋が伸びる。
「あ、また、つい山城さんって呼んじゃったけど、もう藤嶋さんだったね。ごめんね、まだ慣れなくって」
「い、いえ。先日もご説明したとおり、今後も仕事中は旧姓のままでいこうと思っていますので、これまで通り山城で大丈夫です」
「そう? そう言ってもらえると助かる。なかなか、藤嶋さんって呼びにくくてさ」
そう言ってイタズラに笑った米田さんを前に、私は思わず苦笑いをこぼした。
「それは……そうですよね。このホテルで〝藤嶋〟といえば、GM(ジェネラルマネージャー)の顔が一番に浮かびますから」
「まぁね。でも、さっきの山城さんの顔、お客様に見られたらやばかったよ。それこそ藤嶋GMに見つかったら、いくら山城さんでもかなり厳しく注意されてたかもね」
言いながら私の背中をポンと叩いた米田さんは、曖昧な笑顔を見せた。
彼はホテルの顔とも呼べるセクション、フロントの総括責任者だ。
つまり、フロントスタッフである私は彼の直属の部下でもある。