あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。
***


「大将、とりあえず生ね!」

背中の引き戸が勢いよく音を立てたあとすぐ、僕の隣に腰を下ろした女性がよく通る声がそう言った。

こじんまりした居酒屋は串カツが売りで、どうやら常連たちの穴場的店のよう。隣に腰かけた女性も例に漏れず常連の一人なのだろう。大将とのやりとりからそれが分かる。

そんな常連の隠れ家的店に、どうして初めて関西観光に来た僕が辿り着けたのか。
答えは簡単。詳しい人に聞いたからだ。


関西(ここ)に向かう新幹線の中で、高柳(ナギ)さんにメールを送ったことが発端だった。

[お疲れ様です。今日から休暇を兼ねて三日ほど早く関西に前乗りすることにしました。急で申し訳ありませんが、しばらくの間留守をお願いします。]

[承知いたしました。何か必要がありましたらいつでもご連絡ください。よいご休暇を。]

相変わらずの完璧な鉄壁(しごと)モード。
こちらも彼の“上司”として連絡を入れたのだ。それもそうかとスマホを見ながら「ふっ」と笑いを漏らした時、画面に新たなメッセージが表示された。

[もし食事をとる場所に悩んだら【串富】という店に行くといい。味は俺が保証する。]

今度は先輩(プライベート)モード。
見事なくらいに百八十度切り替わった文章に、今度は堪え切れず「ぷっ」と吹き出した。

< 199 / 425 >

この作品をシェア

pagetop