あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。
「え、」

鼻先に突き付けられたケーキが目の前でふるふると揺れている。絶妙なバランスでフォークに乗っているそれは、今すぐにでも落下しそう。

「ほら、はやく。落ちるから」

急かされて反射的に口を開けた。すかさずフォークが口に突っ込まれる。

「ぅむっ、」

反射的に口を閉じた。

あまっ………くない?

いや、甘いは甘いのだけど、甘さが控えめで口当たりの軽い生クリームが、しっとりとしたスポンジと一緒に、口の中であっという間になくなってしまう。

「どう?」

「…………おいしい」

「でしょ!」

一瞬にして瞳を輝かせたアキが嬉しそうに、「甘さ控えめだけどスポンジや生クリームの味はしっかりとあるから、普段甘いものを食べない人でも食べやすいと思うよ」と言う。

「確かにこれなら一切れくらいペロッと食べれちゃうかも」

「良かった」

そう言って再び差し出されたフォーク。

「あとは自分で」と喉まで出かかった言葉は、あまりに嬉しそうにわたしを見つめてくるアキ見ているうちにどこかに行ってしまった。代わりにフォークに向かって口を開く。

再びミルキーな味と香りが口の中に広がった。


たまには甘いものも悪くないわね。

彼に(なら)って、嫌いだ苦手だと敬遠せずに、わたしもこれからは甘いものにもチャレンジしてみようかな。彼となら甘いもの嫌いも克服できるかも。

―――なんて、我ながら単純。

だけど今はそれも悪くない。始まったばかりの恋に少しくらい浮かれてもバチは当たらないでしょ。

そんなことを思いながら、アキが運んでくるケーキをひと口、またひと口と食べ進めた。

食べ終わった直後に交わしたキスは名実ともに甘くて、わたしは自分がふわふわとした砂糖菓子に(くる)まれていくような気さえした。


だからすっかり忘れていたのだ。

甘い(もの)に目がくらんだあとのことを。

ふわふわと浮かれるているわたしには、自分のチョロさ(・・・)を後悔する時が目前に迫っていることなんて―――


思ってもみなかった。





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