あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。
「えぇっと、これは……」
あの夜何が何だか分からないうちに連れ込まれた彼の部屋の前に立ち、ドア横のパネルをタッチする。
少し前に教えてもらった通りの番号を、ひとつひとつ間違えないよう慎重に押していく。「カシャン」という音にまたもやビクッと背中が跳ねる。
いやいや。今自分でロック解除したんだからね。
誰も訊いてないって分かってるのに、言い訳せずにいられない。
だって!!こんなラグジュアリーなホテルのスイートルームの暗証番号を自分で解除する日が来るなんて、夢にも思わないんだもの!
人生いつ何時何が起こるか分かんないものよね、うん。
三分の一ばかり開いた扉の間から、わたしは滑り込むようにサッと中に入った。
これじゃまるっきり泥棒じゃない!?
防犯ビデオチェックされたら、完全にアウトなやつ……!
「お、おじゃましま~す……」
この部屋には誰もいないことは分かっているのに、つい口に出してしまう。
そっとドアを閉めて部屋の中に向き直ったわたしは、思わず感嘆の声を上げた。
「わぁ…!」
急ぎ靴を脱ぎスリッパを履いて、小上がりになっているリビングを横断し、一気に窓辺に駆け寄る。そして、窓辺に置かれたソファーに膝を乗せ、窓ガラスに顔を寄せた。
窓の向こう側には、あの時と同じ、輝くようなネオンの中に黒く横たわる一級河川。
「きれい………」
それまでの緊張や場違い感なんて一瞬にしてどっかに行ってしまって、眼下に見える橋の夜景に見惚れてしまう。
前にこの夜景を観た時は、アキの腕の中で―――。
いまだに思い出すだけで顔から火が出そうになる記憶ではあるけれど、でも今まで経験したことがないくらい胸が高鳴る幸せな時間でもあった。
そんなことを考えながらアキの気配を探して部屋を振り向いてみる。
当たり前だけど、そこには誰も居なくて、寂しさから胸がキュッと締め付けられた。