あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。
Chapter12*Not the glass slippers but the red shoes
[1]


炬燵に足を伸ばして、天板にぺったりと頬をつける。
「チッチッチ」と規則正しい秒針の音がいやに耳について、視線だけ上げて見た時計は、短針がちょうど【8】に差し掛かろうとしていた。

アキと言い合いをしてから五日が経つ。


バレンタインの翌日、仕事を終えて帰宅してからスマホを見ると、着信履歴はアキからのもので埋め尽くされていた。
同じようにたくさん入っているメッセージを開くかどうか迷っていると、図ったかのように着信が鳴った。アキだった。

(これを取ったら何を言われるの……?もし別れ話だったら……)

そんな考えが頭を過って、電話に出るのを躊躇(ためら)ってしまう。

(なにやってんのよ、悪あがきなんて……)

自分でも分かっているのに、指先が震えてどうしても画面に指を滑らせることが出来なくて。しばらくして暗くなった画面を、ただ呆然と見つめていた。

あれから今日まで、家に居る時には呼び鈴も鳴った。だけどそれにも出ていない。
一回はマンションのゲートから呼び出しで、応答モニターに映る彼の姿を見ただけで、涙があふれて止まらなくなったのだ。

こんな状態でまともな話が出来るとは自分でも思えないし、別れ話を受け入れる覚悟も出来ていない。大人の女は引き際も心得ていないとダメなのに。

せめてもう少し気持ちが落ち着くまで―――と思いながら、職場ではCMO(かれ)と遭遇しないように細心の注意を払った。

職場で会うなんて絶対ムリだ。
職場で別れ話をされたらどうしよう。―――ううん、別れ話ならまだマシ。

また(・・)、貼り付けたような笑顔で、他人行儀な態度を取られたら―――。
楽しそうに微笑みあう森と彼の姿を見て、また(・・)誰にも気付かれないように泣くのかな。
好きになったひとの心変わりに、また(・・)あんなふうに傷つかないとダメなの……?


怖かった。怖くて堪らなかった。


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