あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。
「あの……」

さっさと謝って本来の目的に辿り着きたい。私の目的はこのドアの向こう側なのだ。
話をする時間はきっと限られていると思う。彼は忙しい人なのだから。
そう思ったらどうしても焦りが生じてしまう。

わたしの気配を察したのか、彼女はキリっとした瞳を見開き、「この際だからストレートに言います!」と言った。思わず身構える。

「CMOは遊びで女性と付き合うようなタイプじゃありません。ご自身の立場のことを誰よりも理解されています。むしろ本気で好きになった女性には一生尽くすタイプだろう―――と高柳が言ってました。わたしもその通りだと思います!」

目を見開いて固まったままのわたしの顔を、彼女は小首を傾げてのぞき込んでくる。

「お好きなんですよね?当麻くんのこと……きっとすごく」

わたしはそれに黙って頷いた。
すると彼女はそれまでのキリっとした顔をゆるめ、ふわりと嬉しそうに微笑んだ。

「好きな相手のことを知るのが怖いということ、よく分かります。だけど、ご自分のお好きな方のことを、どうか信じてあげてください」

その言葉にわたしは黙ったまま大きく頷く。すると青水さんは、はにかんだような笑顔で、「頑張ってください」と言ってくれた。

それまでとは打って変わった可愛らしい笑顔に思わず見惚れていると、突然キリっとした顔つきに戻り、「では、(わたくし)はこれで。失礼いたします」と綺麗なお辞儀をして去って行った。


背筋の伸びた綺麗な後ろ姿が見えなくなったあと、わたしは覚悟を決めた。

そうよ、今が一番の勝負所。ここで逃げたら女が(すた)るってもんでしょ!

好きな人のためなら黙って身を引く?いいえ、何もしないで逃げ出すなんて二度と御免。たとえ砕け散ったとしても、自分のパーツくらい自力でつなぎ合わせてみせる。

わたしは泡になんてならない。

泡はビールだけでいいんだから!!


わたしはおへその下の丹田にグッと力を込め、背筋を伸ばすと、握った右手で目の前の扉をノックした。






【Next►▷Chapter14】

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