お題小説まとめ①

これでは勇者もはじまれない

ふと見ると、彼の手には鞭と蠟燭が握られていた。彼は愛おしげにそれらを見つめてから俺に向けて差し出す。続く言葉に思わず目を剥いた。
「さあ勇者よ、お持ちなさい。」
「ちょっと待て。」
いやいやと首を振る俺に対して、彼はきょとんとした様子で瞬く。なんだその予想外で驚いてます、みたいな反応。俺は慌てて確認する。
「ここ、“はじまりの村”の武器屋だよな!?」
「ええ。あなたは旅立ちの武器を引き取りに来た勇者でしょう?」
「そうだよ!だから普通は剣とか槍とか、…百歩譲ってその鞭はいいとして…いや、よくないけど!その蝋燭はなんだ!?どう使えって言うんだ!?俺これから魔王倒しに行くんですけど!?」
俺の反論に彼は憤然とした様子で溜息を吐く。やれやれと肩をすくめる動作が癇に障る。
「失敬な。蝋燭だって立派な武器ですよ。」
「いやいや、どう戦うんだよ!?」
「情報提供を求めるときなんかに効果的に使用できますよ。こう、じゅっと…」
「俺、仮にも勇者だからね!その、悪役っぽい絵面になることは事務所的にNGなんで!!他に何かないのかよ?」
「そうは言っても…あとは…ううん、そうかアレなら…。」
何やらぶつぶつ言いながら彼は奥に一旦引き下がる。これでなんとかまともな武器を手に入れられるのだろうか。やや嫌な予感が拭いされないまま様子を伺う。ほどなくして戻ってきた彼の手には得体のしれない何かが握られていた。
「い、一応聞くけど、それ…なに…?」
「これは敵の×××に××××して×××するんですよ、だから魔王の×××も××××です!!」
「待て待て待て。半分以上規制音で聞こえなかったんだが。」
「だから×××に×××」
「いや、もういい!」
聞いたことを後悔した。慌てて遮ると彼は深く溜息をついて首を振る。
「仕方がない人ですね。…練習相手が欲しいなら最初からそう言えばいいのに。」
「変な勘違いをするな!顔を赤らめるな!!わかった。もうわかった。最初の装備でいい。蝋燭の方がいい。わがまま言って悪かったな。」
「ええっ、そんな遠慮せず…」
科を作る彼の言葉を遮り、鞭と蝋燭を奪い取ってそのまま店を飛び出る。俺は何をさせられそうになっていたんだ。旅立ちの儀式にしてはハードすぎないか。まだ心臓がバクバクと嫌な騒ぎ方をしている。
かくしてシステムバグのような俺の奇妙な冒険は始まったのであった。
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