新人メイドと引きこもり令嬢 ―2つの姿で過ごす、2つの物語―
「…俺が怖いか…悪かった。…最初は、少々痛めつけて脅かせば出ていくだろうと思った…だがもう、そんな事はしない…」

「ほ…んとに…無理やり…しない…?」

 娘は涙目で男を見つめた。

「ああ、しない!…お前のことが、知りたかった…」

「…あなたは…誰…?」

 彼女は震えながら、やっとのことでその言葉を絞り出した。

「そうか…だからお前…。俺は…放浪の庭師だ…。しばらくの間だけ…ここに世話になる事になっている…」

 男は躊躇いがちにそう言った。

「…なぜ、私を…?あんな…」

「…俺は…金持ちで高慢な人間が嫌いだ…。…令嬢が来るというので、反応を見てやろうと…」

 彼はやはり、ただそれだけのために。
 気に入らない自分を追い出すためだけに…

「だが間違っていた…お前が泣くたびに心が締め付けられて…それでも気になって…。お前にあんな思いをさせて、本当に悪かった…。聞かせてくれ、お前は…本当に主人の花嫁になりたいのか…?」

「っ…」

 彼女は下を向き口をつぐんだ。
 いま二人がいるのは主人の部屋のすぐそば。本心だろうと聞かれたくはない。

「…そうか、ここではな…。悪かった、声を上げるなよ?」

 彼は娘を抱きかかえると、そのまま彼女のいた部屋に戻った。

(昨日の夜と同じ…なんだか、すごく今は落ち着く…)
< 26 / 44 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop