新人メイドと引きこもり令嬢 ―2つの姿で過ごす、2つの物語―
 彼女は尋ねるが、

「…何も、することはありません」

執事はきっぱりと言い切った。

「え!?…でも、ここに…」

「ここで好きなように過ごさせろ、と、御主人様より言い使っております」

「そんな…」

 執事は娘の困惑にも構わず、部屋と屋敷の説明と、食事などの細かい説明を始めた。

「…それから、私ども使用人は、夜はこちらの屋敷にはおりません。離れにて過ごすことになっております」

「…夜は私と…ご主人様だけ…」

「それでは」

 娘は部屋を出ていく執事を見つめるしかなかった。


(リリシア、か…。この名前、私は好きじゃないのに…)

 元々は中流家庭で育った。
 しかし父の仕事が認められ、あれよあれよという間に金持ちの仲間入り。

 彼女は名前をつけてもらったはずの両親から、相応しい名前を、と、リリィという名前から、リリシアと名乗るよう言われた。

(名前を変えたって、私は私なのに…。おまけにお父さんもお母さんも、私に令嬢らしく振る舞うようにって…。二人とも周りに繕うために忙しそうにしてる…。昔みたいに仲良く、静かに暮らしていた頃に戻りたい…)


 娘はその日、屋敷を見回って過ごした。
 しかし誰も相手にしてはくれなかった。屋敷に何人かいるメイドも、皆話しかけても気まずそうにして行ってしまう。

(どうして?私は望まれていないから…?)

 彼女は自分にあてがわれた部屋に戻ると、独り、声を押し殺して泣いた。


 そうこうしているうちに夜になり、

「お嬢様、では私どもは別館にて…失礼いたします…」

 初めに彼女を案内をした執事が挨拶に来ると、屋敷の皆を伴い昼に言っていた通り離れへ行ってしまった。

(普通あり得ない事よね、きっと…。ご主人様がお若いから平気なのかもしれないけど…)

 娘も色々あった疲れもあり、考えないようにして寝ることにした。
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