新人メイドと引きこもり令嬢 ―2つの姿で過ごす、2つの物語―
「…ご主人様はきっと、私が嫌いなんですね…。私、逃げたりしません…。まして、こんな時間に…。ただ…」

 娘は思わず手にしていた裁縫道具に目を落とす。それを男は見逃さなかった。

「何をしていた?これは何だ?」

「…!お願いです!ご主人様には、こんなことをしていたのは内緒にして下さい…!」

「何をしていたと聞いているんだ!」

冷たい声で問いただされ、娘は泣きそうになりながら言った。

「…眠れなかったので…この部屋にあるテーブルに…テーブル掛けを作ろうと…」

「なんだと…?これか!?」

「あ…!!」

男が作りかけのテーブルクロスを掴み上げる。

「これを…お前が…」

男はそのままそれをまじまじと見つめた。

「お願いです!ご主人様に知られたらきっと、追い出されてしまいます…」

 娘は懸命に懇願する。

「…所詮は金持ちの娘か…!ここに居座り、主人の妻の地位と財産が欲しいのか!?」

「そんな…」
(…そんなの欲しくない…。私はお父さんとお母さんが望んでいるから、大好きな二人のために…。…私だって、好きになった人と結婚したい…)

 自分の気持ちを抑えていたせいもあり、涙が溢れそうになる。

「泣いて誤魔化すのか。お前も他の奴らと同じだ!!」

男は娘に背を向け、先程出てきた場所に向かった。

「あ…」

「言っておくが、どうせお前の言葉など誰も信じないだろう。それに、俺の目から逃げられると思うなよ?それが嫌なら逃げ出すんだな」

 男は薄暗い部屋からいつの間にか消えた。

 彼女は急いで、男が現れた辺りを見てみたが、薄暗い中でよく見えるはずもない。

(一体、あれは誰だったの…?怖い…けど、またきっとあの人はくる…。あの人の言う通り、きっと誰も私を…。…何か頑張りたい…私にできることは無いかな…)
< 5 / 44 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop