わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)
「終わったか。お疲れ様」

 面談が終わって外に出たら、また待合いに橘部長がいた。なんでいるんだろう。うれしいけど。

 あれ? 私、会えて凄くうれしい。

「見守ってくださって、ありがとうございました」
「また会えるのを楽しみにしている」

 能面のような顔で言われてもなぁ、と思いつつもうれしかったから、私は笑って橘部長を見上げた。
 相変わらずの無表情で見下ろされていると「急にどっか行かないでください!」と慌ててる杉岡さんが橘部長を連れていってしまった。

「橘部長、全然楽しみって顔じゃなかったですよねーあはは」

 私が採用担当の林さんに笑いながら話すと、林さんが呟くように小さな声で言った。

「部長が楽しみとかいう単語を口にするの初めて聞いたかもしれない……」
「私、期待の人材です? 内々定ですか?」

 私がそう軽口を叩くと、林さんが「清川さんって本当に物怖じしないよね。それに、それ素でしょ? 立場上色んな学生を見てきたけど、虚勢はってる学生はすぐわかるから」と言って笑っていた。


 結果的に、私は第一志望の商社に落ちた。その商社での私のリクルーターが、廊下で「あんなちびっこい女にうちの仕事務まんねーよ」と言っていたのを聞いてしまった。
 身長とか性別は関係ないだろ。
 勿論、落ちた原因はそれだけじゃないだろうけど、悔しくて、あいつらいつか仕事で見返してやりたいと思った。

 そして、私は双葉から内々定を貰うことに決めた。
 経団連の定めた採用選考解禁日に、各企業は入社試験や採用面接を始める。だが、大手企業総合職においては、ほとんどの場合、この日までに選考が終わっており、解禁日が内々定通達の日となる。

 最終面接をクリアした会社は数社あった。その中で双葉を選んだのは、社風がよさそうだったこともあるけれど、私とっての一番の理由は「橘部長がいるから」だった。

 なぜか観察したくなる。
 同じ会社で橘部長を観察したい。

 自分でもよくわからないけれど、それなら東京の生活も頑張れそうな気がしていた。
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