Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

 たしかに、夫が亡くなってようやく一ヶ月だ。彼の場合、相続人はわたしひとりということになっているが、これから相続財産調査がはじまり、正式な遺産分割協議に入っていく。そこで必要になるのが彼が残した遺言書の存在だ。添田は遺産に含まれる土地の権利をわたしに断りなくアキフミに売り渡したことになるから、遺言書にそのような記述がない限り、彼らの行為は問題視される。

「な」

 紡、と呼ばれた青年はアキフミを激高させたかと思えば、くるりとわたしの方に向き直り、信じられない言葉を口にした。

「こうして逢うのははじめてでしたね。ねね子さん……いや、メネさんってお呼びしても? 俺は雲野紡。本日は父に代わり、喜一さんの遺言書探しを承るために参上しました。これ以上、紫葉の人間に好き勝手させないため。あと、もうひとつ」

 教会の祭壇の前で騎士のようにわたしに跪いたかと思えば、彼はうっとりした表情で告げる。

「俺と結婚してください」

 射殺さんばかりに睨みつけるアキフミと、それを気にしない紡に囲まれて、わたしは何も言えなくなる。とてつもない波乱の予感とともに、夫の昇天記念の儀式がスタートする。
 賛美歌も、牧師さんのありがたいお話も、ぜんぜん耳に入ってこない。ただ。



 ――夫の骨が、楽しそうにこちらを見ているような気がしたのは、きっと気のせい。
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