Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

 彼は高校中退後、母親が再婚するまではさまざまなバイトを転々としていたという。そのなかには飲食店も含まれていて、自分でまかない飯を作ることもあったのだという。

「俺の料理なんて居酒屋のつまみばっかりだぞ」
「それでも何も作れないよりすごいよ。ほんとうにわたし、炊飯器でお米炊くのですら自信なかったんだから」
「それただの機械音痴なだけなんじゃ……?」

 音大を出てから数か月だけ一人暮らしをしたものの、ほとんど外食だったあの頃。
 洗濯物はちょっとしたものはコインランドリーで済ませたし、ステージ衣装はクリーニング店にお願いしていたし、ひとりで白物家電をつかうことなど滅多になかった。

「こ、これでも学習したよ」
「知ってるよ。ピアニストの道を断たれた後、自力で生きていくために頑張っていたんだものな」

 アキフミはやさしい。
 見えないところでずっとわたしのことを見守っていてくれた。
 わたしと彼がはなれていた九年のあいだに起きたさまざまな出来事すら、彼は把握している。
 調律師になった彼との再会は偶然だったのか必然だったのかわたしにはわからない。
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