Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

 唇を重ねて舌先を這わせているだけなのに、いけないことをしているみたいで、立っている感覚が危うくなってくる。腰が砕けそうになって、アキフミの腕に甘えてしまう。酩酊するようなキスを与えてきた彼は、満足そうにわたしを抱えて、うっとりした表情で改めて告白する。

「ずっと、探してた……三年前に忽然と公から姿を消したあのときから」
「アキフミ」
「約束を叶えたくて、必死になっていた俺が、莫迦みたいじゃないか……お前が異国のパトロンに拾われたなんて噂を耳にした日には気が狂いそうになった……けど、まさかこんな形で再会するなんて」
「……立派になったね、アキフミ」

 それに比べて自分は、なんというザマだろう。フリーのピアノ調律師として活動しながら、紫葉リゾートの社長の椅子に座り、鮮やかなまでにわたしと夫が守っていた軽井沢の土地とピアノをかっさらっていったアキフミを前に、恥ずかしさで身体を震わせる。

「たまたま、運が良かっただけさ。お袋の再婚がなかったら、俺は自分のために勉強をすることもできなかったし、お前を探すこともできなかったはずだ。だから、こんな形だけど、純粋に逢えたのは、嬉しい」
「わたしも」

 柔らかい表情で逢えて嬉しいと口にするアキフミに絆されるように、わたしも頷いていた。
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