Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

 けれど、彼は悲しそうに顔を曇らせて、わたしを抱き寄せる。

「須磨寺が死ぬまでは、黙ってろって言われたから、言えなかったんだ」
「……そう、だったの?」
「俺は昨年の調律でこの屋敷に来たときに、お前がここで暮らしていることを知った。二階の寝室の写真を見つけたとき……ショックだった。けれど、お前を守るために選択されたことだと知って、反論できなかった」

 自分はまだ何も知らない子どもだと、彼は強く思い知らされたという。彼女を守るために、父親の師が結婚という形を選び、ピアニストではなくなってからも賢く生き抜くために新たな仕事を与えたことは、アキフミには信じられないことだったのだろう。

「けど、あの男が死んだらネメはまたひとりぼっちになってしまう。この土地での暮らしに愛着を持ち始めたお前を、俺は守りたくなったんだ」

 それなのに、須磨寺が死んだらこの別荘地とピアノは売りに出されるなんて噂が独り歩きしていたから、彼は義姉を出し抜く形で紫葉リゾートの社長になったのだと独白する。
 わたしと対等でいたいと調律師の資格を取っただけでなく、社長の肩書まで手に入れた彼を前に、目が点になる。
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