Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

 寝室のアップライトピアノの椅子に座って、アキフミがエルガーの「愛の挨拶」を弾いている。
 ……いまさら気取られても、と苦笑を浮かべながらも、わたしは寝台の上で横になったまま、彼の演奏に耳を傾ける。

 イギリスの作曲家エドワード・エルガーが作曲した「愛の挨拶」は八歳年上の婚約者アリスに贈ったホ長調の楽曲で、優美な曲想が多くの支持を集めている。朝に聴くちょっとしたクラシックとしても有名な曲だ。

「……たしかこの「愛の挨拶」のふたりは、反対を押し切って結婚したのよね」
「無名の作曲家と陸軍少将の娘だっけな。身分の違いと宗教の違いがあったみたいだが」
「詳しいじゃない」
「ネメほどじゃないさ」

 まるで九年前に一緒に授業を受けていたときみたいに、気軽に言葉を交わしていた。
 シーツを染めた破瓜の鮮血が、昨晩、彼に抱かれたことの証のように見えて、今になって恥ずかしい気持ちになる。そういえば自分はまだ裸のままだ。彼は既に着替えてピアノを弾いているというのに……!
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