Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

 ピアノ漬けだった自分に男女の機微など理解できない。けれど、紆余曲折あれど初恋の想い出のひとに、処女を捧げることができたので、きっとこれで良かったのだろう。まさかあんなに痛いなんて、想像もしていなかったし、事後の身体の気怠さもひどいけど。

「身体は?」
「最悪よ。こんなに痛いなんて知らなかった……」
「すまない。我慢できなかったんだ。次は気持ちよくする」
「次って……しれっと最低なこと言わないでくれる?」
「愛人になる、なんてことを言うお前が悪い」
「な、それってわたしのせい……なの?」
「さあな」

 ぷいっと顔をそむけてふたたび演奏をはじめるアキフミの後ろ姿は、拗ねているように見える。愛人になると言っておきながら経験のないわたしに呆れてしまったのかもしれない。仕方がないではないか、ピアノが恋人の日々を生まれた頃からずっと、アキフミに出逢うまでつづけていたのだから。
 夫もまた、ピアノが恋人のようなひとだった。持病のことさえなければ、アキフミのようにわたしを求めたかもしれない。とはいえ彼は結局、わたしを最初の妻の峰子の代替品として傍に置いてくれていただけで、わたしの身体に興味を持つことはなかった。
< 81 / 259 >

この作品をシェア

pagetop