秘する君は、まことしやかに見紛いの恋を拒む。
「飛翠ちゃん!」
驚いたような三波さんの声が聞こええるのと、急に目眩を起こして一瞬倒れかかった身体を秋世さんに支えられるのは同時だった。ごめんなさいと言ってすぐに離れようとするが、上手く身体に力が入らずに泣きそうになる。
「急に顔を青くしてどうしたんですか?約束通り兄さんに会わせてあげるっていうのに」
そう耳元で囁かれ、反射的に身の毛がよだつ。
高人さんに会える。ずっと恋い焦がれて、会いたくて会いたくてたまらなかった高人さんに会える。嬉しくてたまらなくて、今すぐにでもこの足を動かしたいのに、動かしたい筈のこの足はまるで鉛のように重い。心臓が嫌に早く脈打って、目の前が真っ白になる。
「支えててあげますから、きちんと自分の足で歩いて下さい」
耳の近くで聞こえるそんな秋世さんの言葉が、まるで悪魔の囁きのように感じて胸の奥が冷たくなった。
「秋世、飛翠ちゃんもショックだろうし・・・」
そんな三波さんの声を意識の遠くで聞きながら、秋世さんの腕をすがりつくように借りて重い足を動かす。家の内装も、匂いも、自分のもつあらゆる五感が感じ取る事は無かった。ただ、頭の中で考えているのは高人さんの事だけ。
───飛翠。
また高人さんにそう呼んで欲しくてここまで来たの。もう、結婚出来なくたっていい。今日、高人さんに会えるならそれで。今日、高人さんと話が出来たならそれで、私はまたどれだけだって待てるから。・・・だから。