スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
「あの、私! ちょっと用事を思い出して……!」
「なんの?」
あ、逃げられそう、と思ったので、肩を抱き寄せて陽芽子の身体を引き戻す。
「急ぎ? 急ぎじゃないなら、帰りに寄ればいいよ。こっちももう終わるから」
「……っ」
もう終わる、はあくまで啓五の希望だ。実際に業務があと三分で終わるのか三十分で終わるのかは、鳴海の作業スピードに掛かっている。陽芽子もその事実には気付いているだろう。
だから啓五の顔と作業を進めている鳴海の顔をちらちらと見比べては、困ったように眉を下げておろおろしている。その小動物のような仕草が可愛くて、もっとからかってやりたい気分になる。
ソファの背もたれに片腕を乗せて寄り掛かり、脚までソファの上へ上げる。身体の正面を隣に座る陽芽子の方へ向けて笑顔を作ると、座面をいざるように距離を取られた。ぼそりと『近いってば……』と呟いて顔を赤くしている姿は、ちょっと破壊力がありすぎる。
鳴海がいなかったらなー、ここのソファーでもなー、なんて実際にはしない悪い妄想をしていると、とうとう距離感と居心地の悪さに耐えられなくなった陽芽子が、その場にバッと立ち上がった。
「おっ、お手洗いに……!」
そのままバタバタと慌てた様子で離れてしまう。退出するときの『失礼しました!』が少し上擦っている事さえ、愛おしかった。
「照れてんのかな。可愛いなぁ、ほんと」
鳴海に聞かせるように、わざと大きな声で独り言を零す。もちろん本心だが、これも本来ならばあえて言う必要はない台詞だ。けれどこの場合は十分に意味がある。
呟いた瞬間、鳴海がキーボードを叩く音が途絶えた。だが彼女は聞かなかったフリをしたらしく、すぐに作業を再開する。