スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
「残りは俺がやる。今日はもう上がっていい」
「いえ、しかし……」
一瞬反論しかけた鳴海の言葉は、すぐに途切れた。啓五の顔を見つめて数秒の間を開けた後、移したデータの数を報告して立ち上がった鳴海は、
「……失礼いたします」
とだけ言い残し、隣の秘書執務室へ消えて行った。
小さくなったその背中を見送り、啓五もため息を吐く。
秘書の仕事は、相手の意図を読み取って立ち回る能力に長けていなければ務まらない。優秀な鳴海のことだ。直接口にはしなかったが、啓五の意思は十分に伝わっているはず。
これだけしっかりと見せつけて視線で訴えれば、陽芽子に対して嫌がらせをしようなんて二度と思わないだろう。
一瞬、これはパワーハラスメントになるか? とも思ったが、啓五の要求は『陽芽子に余計なことをするな』という仕事には関係のない内容だ。もし鳴海がこの要求をパワハラだと訴えるのならば、啓五にだって考えがある。もちろん、そんなことを言い出すとは思えないが。
鳴海から引き継いだデータの移行を行っていると、ほどなくして陽芽子が戻ってきた。
啓五も作業を済ませると、まだ少し不満そうな陽芽子を再びソファに座らせる。商品を持ち帰るために用意してもらった紙袋を広げていると、陽芽子が小さくため息を零した。
「鳴海さんに、悪いことしちゃった」
「は……?」
「だって啓五くんが必要以上にくっついてくるから……。あんなうるさくしたら仕事に集中できなくて当たり前でしょ?」
陽芽子が少し怒ったように頬を膨らませる。その言葉に、つい面食らってしまう。
どうやら陽芽子は、自分が仕事の邪魔をしたと思ったようだ。自分が副社長室に来て騒いだことで鳴海の仕事を滞らせたと考えているらしい。
トイレにしては長い時間退出していたのも、きっと不自然ではない程度に時間を潰して、鳴海が業務を進めるための時間を設けたのだろう。