スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない

 人のグラスを奪ってまで味見をするつもりはないが、大事なカクテルを渡さないようにがんばっている姿を見つければ、また恋に落ちた気分を味わう。

「陽芽子」
「ん? なに?」

 この笑顔を自分に向けて欲しい。ずっと傍に置いておきたい。何の約束もない週に一度の逢瀬じゃなく、本当は毎日会いたい。

 飲み友達の関係から脱却して、陽芽子を自分だけのものにしたい。触れ合って、キスして、その先のこともたくさんしたい。それが許される関係になりたい。


 陽芽子が結婚相談所に入会してまで結婚相手を探しているのは、確かに面白くなかった。けれどそれ以上に面白くなかったのは、上司の顔を見上げたときの陽芽子の表情だった。

『褒められたのなんて初めてですよ』

 そう言った彼女の頬は、少しだけ赤く染まっていた。自分には最初の夜にしか向けてくれなかった、柔らかな笑顔。自分には一度も向けられたことがない、喜びの感情を含んだ声。

 喉の奥で苦い感情が渦を巻いた。
 心臓の奥に黒い感情が生まれた気がした。

(やっぱり、あの上司に惚れてんだろうな……)

 陽芽子が惚れている、彼女の上司。春岡 由人、37歳。既婚者。

 そう、彼は既婚者だ。陽芽子がどんなに彼を好いていても、法的には絶対に結ばれることがない相手。

(見向きもしない奴のことなんか、好きになってもしょうがないだろ……?)

 もちろんそれは自分自身にも言えること。陽芽子にとって自分が恋愛対象外であることは、最初からわかっていた。だから見向きもしない人を好きになってもしょうがないなんて台詞は、まるでブーメランのように自分の元へ返ってくる。

 それでも、啓五と陽芽子は絶対に結ばれないわけではない。自分たちは法的に許されない立場じゃないし、可能性がゼロなわけじゃない。恋愛対象外だと言うのなら、その対象になればいい。
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