√セッテン
敦子は、ベッドから降りて、乱れた巻き髪を手ぐしで直した。

「あースッキリした。絶対1発叩きたかったんだよね」

山岡も、少し荒い息で、外れたボタンを止め直しながら、敦子を見た。

「わ、私だって」

「私、もう帰るから。再試の準備しなきゃだし」

敦子はカバンを拾い上げて病室のドアノブに手をかけた。

「明日!」

敦子は背を向けたまま続けた。

山岡は、ビクっとして顔を上げる。

「明日絶対、外泊許可取ってよね、私は千恵とだって一緒に花火見たい、潤と2人だけなんて、つまらないよ」

山岡の口が、あつこ、と発音する前に、ドアノブは回転して、そして閉まった。


暫く沈黙した。

「敦子は悪気があったワケじゃない、から」

「大丈夫、分かってるよ」

山岡は言いながら、瞳に溜まった涙をベッドに落とした。

「敦子の優しさだよ、ちゃんと分かってる、か、ら」

山岡の顔が赤くなって、涙が次々落ちていく。

俺がハンカチを出すと、山岡は受け取って瞳を覆った。

「あの、ね……」

「泣きやんでから話せ、分かんないから」

う、と山岡の声がつまって、山岡は一度頷いた。

涙は止めどなく流れて、泣いている山岡の傍に

ただ何もできずに座っているのが、罪なことのように思えた。

飲み物買ってくる、と席を立って病棟の外にある自動販売機へ向かう。

ドアを開けると、ぼん、と何かに当たる。

今度は敦子がしゃがみ込んで泣いていた。

俺は敦子の腕を引っ張って、病棟から出た。
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