√セッテン
ドアが開くと、砂時計から落ちる砂のように人が溢れてくる。

電車に乗り込むと、早速遅延の状況を車掌がアナウンスしてくる。

重いため息が出た。

ぐい、と肩に山岡の頭が押しつけられる。

「ん、大丈夫か?」

「う、うん、私こんな混んだ電車初めてで……」

「山岡の家は朝のラッシュと逆方向だっけか」

ドア側に押しつぶされている山岡の肩を引いた。

次の駅で一度ホームに降りると、次車内に入った時に山岡をドアの脇へ入れて向かい合った。

こうすれば人の波で山岡が潰されることもないだろう。

「山岡って、中学も地元だっけ?」

「う、うん、そうだよ」

「あーじゃ、電車とはそんなに縁はないよな」

俺は言って顔を上げた。

「潤君は、中学どこだったの?」

「春日。河田と俺と敦子は中高同じ」

「春日中かぁ、あそこって吹奏楽部が有名だよね」

日常的な会話をする。

よく考えたら、山岡とこういう普通の話をしたのはこれが初めてだな。

まともに話すようになったのも山岸絵里子の件でからで

それからだって、死の待ち受けの話題ばかり。

普通の話をしてることが、とても貴重な時間のように思えた。


改札を出た途端、背後から声がした。

甲高い女子の声に、山岡は振り返って笑った。

友達なんだろう、山岡は自然に笑っていた。

明らかに今まで緊張していたんだな、と分る表情の変化だった。

山岡の友達は調子に乗って俺にまで話かけてきたが、俺はサクっと無視をした。

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