薄氷
*

佐澤洸暉が大人になっている。
それも存外、″ちゃんとした″ 大人をやっていた。

掲載されている彼の近影を、穴のあくほど見つめる。
知っている彼のようで、まるで違う人物のようでもあった。

陽澄が知る洸暉は、当然のことながら高校生で時が止まっている。
学校を接点にして会うだけだったから、制服を着た彼の姿しか思い出せなかった。

むさぼるように記事を繰り返し読み、写真の彼の輪郭を指でなぞった。

忘れたいのか、それとも忘れたくないのか、心は引き裂かれて。とても拾い集められそうにない。

陽澄はいまだに、男性がネクタイを外す仕草を見かけると、身が(すく)んでしまう。なんならネクタイに指をかけているだけで、反射的に体が固まるくらいだ。

もちろんそれで縛られるような目にはその後遭っていないのだが(当たり前だ)。

どんなに素敵な、非の打ちどころのないような男性でも、心動かされない自分に、ときに途方に暮れてしまう。

忘れたい、過去から解放されたいと切実に願いながら、古びた数学のノートを手放せずにいる。
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